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             衛宮家で酒盛りをする機会は、結構多い。 
 俺はそんなに好きってわけではないけど飲めないわけでもないし、飲み食いして騒ぐのは楽しい。まあ実際のところ飲み食いして騒ぐと言うより、そのために必要な料理を用意することになっているわけだけど、料理するのは好きだし、自分の作った料理をみんなが美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。そんなわけで今日も今日とて酒の肴になるものを色々と用意しているわけだが。 
「よっしゃあ、かかってこいやあ!」 
「タイガ、貴方はそろそろ身の程をわきまえた方がいい」 
 つまみを運んできたら一大決戦が始まっていた。 
「士郎、こっちこっち」 
 遠坂に手招きされるまま、にらみ合いを続けるライダーと藤ねえを横目にテーブルへと向かう。 
「ありがと」 
「……何があったか説明してもらってもいいか?」 
 とりあえずテーブルの上に料理を置き、自分も座りながら問いかける。 
 今日の酒盛りの発端はと言うと――いやまあこの家で行われる飲み会の原因の八割は藤ねえが気まぐれに酒を持ってくるからであり、今日もそうだったんだけど。 
「藤村先生が持ってきたお酒の中にテキーラがあったんですよ」 
「ああ、今日はやけにたくさん持ってきてたからなあ」 
 桜の答えを聞いて藤ねえが来たときのことを思い出す。 
 いつもは両手に一升瓶とか精々がビールケース一つぐらいだったんだけど、今日はどこから引っ張り出してきたのかリヤカーいっぱいに酒を積んでいた。 
 本人は『ネコのところから貰ってきた!』とか言っていたけど、それは多分というか間違いなく『ネコさんからお酒を貰ってきた』という意味ではなく『ネコさんの店の倉庫からぶんどってきた』という意味だろう。人のバイト先というか親友の家の倉庫から無断で酒を持ち出すのはただの泥棒だと何度言えば。 
 一応指摘はしてみたものの相変わらず聞き耳を持たず、せめてと思って『持って来すぎ』と指摘してみたけど『だって今日は歓迎会でしょ?』と返された。 
 そしてその言葉は嘘とか方便とかじゃないのはあきらかであり、それがわかるから強く言うこともできず。一応注意はしたモノの、いつものように料理の準備を始めたのだった。 
「それで、テキーラがあったからってなんでああなる?」 
「一緒にショットグラスが出てきたのよ」 
「……なんとなくわかった」 
 言われてみてみると藤ねえとライダーの傍らにはテキーラの瓶と数個――ではなく数十個のショットグラスが並べられていた。 
「で、いつもライダーに飲み負けてる藤ねえが挑んだと」 
「そういうことね。そもそも人間が英霊と飲み比べできるってことだけで充分凄いことだと思うんだけど」 
「藤ねえ、そんなことしらないもんなあ……」 
 いや、知っていても挑みそうだけど。 
「でも姉さん、英霊ってお酒に強いものなんですか?」 
「お酒って極端な言い方をすれば毒みたいなものだからね。人間よりは強いんじゃないかしら。セイバー、その辺どうなの?」 
「そう言う面もあるのかもしれませんが、私は英霊になる前から飲めましたので」 
「……まあ、王様だしねえ」 
 確かに中世ヨーロッパの王様が『私、下戸なんでウーロン茶で』とは言わないだろう。 
 話を戻そう。とりあえず今目の前にあるのは藤ねえVSライダーの飲み比べである。しかもショットガン。ショットガンがどういう飲み方については各自ググっていただきたい。『テキーラ ショットガン』あたりで出ると思う。 
「つか、今日のは一応歓迎会じゃなかったのか?」 
 歓迎会でショットガンて。 
 体育会系気質の会社だってそういうのは二次会ぐらいからじゃないんだろうか。勤めたことないからわからないけど。 
「いいんじゃないの? 歓迎される側も楽しんでるみたいだし」 
「え?」 
 イリヤに言われて周囲を見ると、俺から左回りに桜・遠坂・セイバー・イリヤ。 
 ちょっと離れたところで対峙しているライダーと藤ねえ。 
 そしてその向こうで今回のゲストことカレン=【ドSシスター】=オルテンシアは。 
「レディー……ファイッ!」 
 すげー真剣な表情で、開戦を告げたのだった。 
 補足すると、真剣な表情だったけども全身から『超楽しい』というオーラを発しまくりつつ。 
 
 
 
 
 
「ここは本当に賑やかで楽しいおうちですね」 
「そう思ったら、もう少し引っかき回さずにいてくれると嬉しいんだけどな」 
 開戦の鐘の音を鳴らされてから数十分。途中のことは余り思い出したくないので描写はしないが、勝敗だけ言うと結局のところ藤ねえが負けた。でも、こっちの予想を上回るかなりの激戦を繰り広げていた。藤ねえ本当に人間なんだろうか。 
 ちなみにその藤ねえはと言うと、ついさっき連絡をして藤村組の人たちに回収して貰った。藤ねえが持ち込んだリヤカーが有効活用されて何よりである。 
「わたしの歓迎会をしてくれるというので、若干はっちゃけてしまいました」 
「うん、もういいやそれで」 
 言いたいことは山ほどあるけど、とりあえず今日は疲れた。 
 そしてそんな俺を見て、カレンも弄りがいがないと判断したのか肩をすくめた。 
「では、わたしは部屋に戻っても?」 
「それはかまわないけど……カレンは酔ってないのか?」 
 カレンがうちに来たのが昨日の話なのでどれくらい飲めるのかとかは知らないけど、そこそこ飲めるはずの遠坂と桜もへろへろになってセイバーに連れて行かれたけど。 
「ええ。飲んでいませんから」 
「……え?」 
「だって、酔っぱらったら見物できないじゃないですか」 
「見物っていうのは」 
「無様に酔っぱらった人たちを」 
 本当にこいつはシスターなんだろうか。しかしよく考えると言峰もアレだったので、間で働いていた爺さんが例外で、教会の人間はこういうのが普通なのかもしれない。 
「それで、そこで酔っぱらっている人は放っておいていいんですか?」 
「おっと。ライダー、大丈夫か?」 
「ああ、士郎。さすがの私も飲み過ぎました」 
 凄いな藤ねえ、桜以外でライダーをここまで疲弊させた人間ってなかなかいないぞ。 
「えっと、どうする? とりあえず水でも」 
「ああいえ、すみません。申し訳ないのですがトイレまで連れて行っていただけると」 
「わかった。カレン、それじゃあ――」 
「はい。普段と違って弱った彼女を見たあなたがケダモノのように襲いかかったとしてもわたしは関知しません」 
「そんなことはしねえ!」 
「ヘタレですね」 
 このシスターとは一度じっくり話し合うべきだと思う。言い合いしても勝てない気はするけど、何もせずに野放しというわけには。 
「すみません、士郎――」 
「ああ、ごめん。じゃあカレン、電気はつけっぱなしでいいから」 
「はい、わかりました。どうぞごゆっくり」 
 最後まで余計なことを言うカレンを無視してトイレの方に向かう。 
 確かに普段シャンとしたというか実にマイペースなライダーが弱っていると色んな印象が変わってくるが、今はそう言う場合じゃない。 
「ほら、ライダー。ついたぞ」 
「ありがとうございます。それで、申し訳ないのですが」 
「ああ。台所に戻って水とか用意しておくから、何かあったら呼んでくれ」 
「わかりました」 
 弱ったライダーを一人にしておくのは少し不安だけど、ライダーは女性だ。そういう姿は見られたくないだろうし、一人にして欲しいだろう。 
 少ししたらセイバーあたりに頼んで様子を見て貰うことにして、とりあえず水を用意して軽く片付けでも―― 
 そんなことを考えながら床の上に転がっている酒瓶を整理していたとき。 
 
 どんがらがっしゃーん 
 
 なんだか凄い音がした。しかもライダーがいる方から。 
 片付けは後回しにして、即座に駆けつける。 
 かなり酔っていたし、足を滑らせて怪我とかしていたら大変だ。 
 トイレの前まで来てみたが、扉は閉まったままだった。 
「……ライダー?」 
 少し迷ったが、そう呼びかけながらノックをした。エチケット違反かもしれないけれど、何もなければそれでいいし、素直に怒られることにしよう。 
「ライダー?」 
 返事がないので、もう一度ノック。 
 どうしても返事がないようだったら更なる手を考えるべきかと思ったけど、幸いながらそういうことはなかった。 
 キィ、とかすかな軋み音を立てて扉が細く開き、隙間からライダーが顔を出す。 
「あ、ごめんライダー。凄い音がしたから不安になって」 
「いえ、こちらこそすみません」 
「……ライダー?」 
 気のせいかさっきと比べるとしっかりと立ててはいるようだけど、顔色が悪い。青いというか、蒼白と言ってもいいぐらいだ。 
「もし気分が悪いようなら薬とか持ってくるけど」 
「いえ。お酒は吐いたらほとんど抜けたのですが……」 
 気のせいか、がたがたと震えているように見える。あのライダーが。 
 聖杯戦争の時、黒化したセイバーと対峙したときですらこんなに怯えた姿は見せなかった。最近割とよく見る気がする、桜に折檻されるときだってもうちょっと余裕が―― 
「ちょっと。いつまでそのでかい図体で扉を塞いでいるの」 
「私たちをこんなに狭いところに押し込んでおこうなんて、ずいぶん偉くなったものね」「ひいっ! すみません、すみません――」 
 そしてトイレの奥の方から聞き慣れない声が聞こえたと思った次の瞬間、ライダーそう言いながらは飛び出してきて。 
「――姉様」 
 そんな、聞き慣れない呼び名を口にした。 
「え?」 
 ライダーが飛び出てきたのか反動なのかなんなのか、開け放たれたトイレの中には。 
「あら、貴方がエミヤシロウかしら」 
「あ、はい」 
「うちの駄妹が色々とお世話になっているみたいね」 
「えーと……」 
 代わる代わる呼びかけてくる二人の少女がいて。 
「あらごめんなさい、挨拶がまだだったわね」 
 トイレの中から実に優雅にすたすたと歩いてくると。 
 ぶぎゅる。 
「うあっ!」 
 何故かわざわざライダー――いつの間にやら土下座までしていたライダーを、二人で踏みつけると。 
「私はステンノ」 
「私はエウリュウアレ」 
 自分の名前を名乗って。 
「「この巨女の姉よ」」 
 芸術的なまでに綺麗なユニゾンで、そんな衝撃的な事実を告げたのだった。 
「……はい?」 
 
 
 
             どうやら今夜はまだまだ終わらないらしい。 
             
             
             
             
             
            
             
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