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              衛宮家は平和である。 
 確かにちょっと普通とは違った人たちが住んでるかもしれないが、平和な家庭である。 
 家族同士のコミュニケーションは円滑だし、家の仕事はみんな適材適所に割り振られ、誰かが不満を言うこともない。 
 食事はみんな仲良く食べるし、ペットの虎ネコもみんなで可愛がっている。 
 確かに住んでる人はちょっと――魔術師三人とホムンクルスと英霊二人――ほんのちょっとそこら辺のお宅と違った人たちが住んでるかもしれないけど、平和な家庭である。 
 ピンポーン、と玄関の呼び鈴が鳴れば「はーい」と返事をして家主である衛宮士郎自身が客を出迎える明るいご家庭である。 
「どちらさま?」 
 そう言ってガラリと扉を開いたとたん『お兄ちゃん!』と叫んだ修道服の少女が士郎にぎゅっと抱きついたりしても刃傷沙汰になったりしない明るいご家庭である。 
 何が起きたのやらさっぱり判らないけど抱きしめられたのでとりあえず少女の腰に手を回そうとした士郎をひっぺがして引っこ抜いて縛り上げて居間まで強制連行したりはするが。 
「えーと」 
 そして放置された客人の前には二人のサーヴァントがやってくる。 
「ああ、申し訳ありません。当家に何か御用でしょうか」 
「はい。この家にエミヤシロウと言う方は――」 
「今運搬されたというか貴女が抱きついていたのが士郎ですが――サクラ、黒いのが漏れてます! 黒化は控えめに!」 
「シロウに御用でしたら、どうぞ中へ。リン! お客様です! 尋問は後でもいいでしょう!」 
「……おじゃましても、よろしいかしら?」 
「ええ、どうぞ。騒がしい家だけど遠慮なさらずに」 
「それでは、お邪魔します」 
 銀髪の少女に導かれ、同じく銀髪の少女が家内に入る。 
 概ね平和な家庭なのである。とりあえず今は違うみたいだが。 
 
 
            
              
             
             
             衛宮家家族会議 
             
             なんかドドンと擬音が見えそうなぐらいな極太毛筆で書かれた横断幕の下、その文字通り家族会議が開かれようとしていた。 
             そして俺は縛られていた。 
             首から下はゴザに包まれ、そんでもって荒縄でぎゅるぎゅると縛られ。いわゆる簀巻きとはこういうことを言う。 
            「ちょっと待て! 何だこの扱いは!」 
            「はい、被告人は静粛にー」 
             カン、カン、と。 
             遠坂がいつの間にやらもっていた木槌で机を二度たたく。 
             それ会議じゃなくて裁判じゃないのか。 
             そんな当たり前な突っ込みを入れようかとも思ったけど、どうやら俺には黙秘権も弁護士を呼ぶ権利もないらしいので裁判じゃないんだろう。遠坂と桜の目がマジだ。 
             今ヘタなことを言うとガンドの雨あられ→ようこそ虚数空間と言う最近ご無沙汰なフルコースが待っていることは間違いない。 
             くそ、やっぱり我が家に言論の自由はない。しかも俺限定で。 
            「まあ、士郎のことはさておいて。えーと、あなた?」 
            「カレン・オルテンシアです」 
             そう言って我が家にやってきた銀髪の少女は名を名乗り、 
            「私はそこに転がっているエミヤシロウの妹です」 
             そんなトンデモナイことをおっしゃってくれやがりました。 
            「――詳しく説明してもらえるかしら?」 
             にっこりと、遠坂は本当ににっこりと鮮やかな笑みを浮かべた。 
             いっつぁ・れっどでびるすまいる。 
             気をつけろ。あの笑顔の裏には悪魔がいるぞ。 
            「まあまあ姉さん。せっかく来ていただいたお客様にお茶もお出ししないで」 
             そういって桜もくすくす笑う。 
             いっつぁ・くすくすわらってごーごー。 
            「ダメー! 桜、それはダメー!」 
            「あらいけない」 
             てへ、こつん。 
             桜がそんな萌え擬音を出しつつ白かった髪の毛を紺色に戻して黒字に赤ストライプだっ た服もやめてくれたみたいだけど油断はならない。 
             俺にはわかる。簀巻きにされてる俺からは、桜の足元で何かがうにょうにょしてるのが丸見えだ。 
             しかしそんな、最近の時計塔では某姉妹に告ぐ脅威と数えられているとかいう評判の姉妹からのプレッシャーにもめげず、銀髪の少女――カレンは口を開いた。 
            「まあ勿論、実の妹と言うわけではありません。彼の養父である衛宮切嗣の娘である、ということです」 
             そして口を閉じた。説明は終わったと言うことらしい。 
             まあ、わかった。 
             説明の内容も理解した。 
             ぐるりと見回すとみんなそろって『はぁ、またか』と言う顔で溜息をついていた。 
             いやでも一番溜息をつきたいのは俺だって言うかまたかあのクソオヤジ。 
             そんなことを思って上を見上げるが、室内なので天井しか見えはしないし、さすがに天井には誰の顔も浮かばない。 
             しかしまあ、なんだ。 
             事実は事実として受け止めなければなるまい。 
             経緯はどうあれ、義妹がおそらくは海を越えてはるばる尋ねてきてくれたのだ。 
             とりあえず俺は簀巻きにされたままで腹筋と背筋とその他もろもろの筋肉を駆使して立ち上がり、俺に合わせて立ち上がってくれた義理の妹――カレンの目を見つめて。 
            「まあ真っ赤な嘘ですが」 
             そのまま見事にすっこけた。 
             側頭部を畳にしこたま打ちつけた。わりと痛い。 
             じんわりと涙が出そうになったが依然として簀巻きなままの俺はその涙をぬぐうことも出来ず、今出来ることといえば部屋の隅に鎮座している飼い猫のタイガーと目を合わせるぐらいだった。 
            「なぁぉ……」 
             欠伸してそのままどこかに行った。 
             飼い猫にすら放置されてそこはかとなく人生の無常感とかを味わっている間もカレンの言葉は続く。 
            「本当のことを言えば新都の教会の管理人として――まあつまり、平たく言ってしまえばこの冬木の地で起きた聖杯戦争の事後調査を行い魔術師協会と聖堂教会に報告するために派遣されてきました」 
             もう自分の言うべきことはすべて言い終えたのか、カレンはそのまま口をつむぐ。 
            「つまり、言峰綺礼の後任と考えていいのかしら」 
            「ええ、そうですね。残念ながら魔術には通じていませんが、協会には知人もいますし、聖堂協会の末席には名を連ねています」 
             遠坂の問いにも素直にそう答える。 
             まあ、立場はわかった。確かにこの前までいた神父さんは臨時代行って言ってたから、カレンが正式な後任なんだろう。 
             それはわかった。 
             でも俺たちが今知りたいのはそこじゃない。 
             遠坂も同じことを思っているのか、にっこりと微笑みながら問いかける。 
            「カレンさん」 
            「カレンで結構です」 
            「じゃあ遠慮なく。カレン、あなたの立場はよくわかったわ。それはそれとして、さっきのとても愉快なジョークは何なのかしら?」 
             繰り返す。遠坂はにっこりと笑っている。 
             その笑顔は当然のごとくいつものような――そしてついさっきも浮かべていたあかいあくまの笑み。 
             背景にゴゴゴゴゴとか擬音が書かれそうなその笑顔を前にしてもカレンは臆することなく、むしろ予測してたかのように平然と言葉を返す。 
            「今回ここに派遣されることになった際に、『是非そうしろ』ととある人物から」 
            「そんな愉快な入れ知恵してくださった方はどなたかしら?」 
             にっこりと、本当にすこぶるにっこりと笑う遠坂。 
             いかん、遠坂はいつになく本気だ。 
             本気と書いてマジだ。 
             駄目だカレン。君がその人物の名前を上げた瞬間遠坂はそいつを殺しにいくに違いない。 
             俺もちょっとそいつには言いたいことが山ほどあるけど遠坂に教えちゃ駄目――! 
             そんなことを思って静止の声を発しようとするが間に合わず、カレンの口からはその人物の名前が無常にさくっときっぱりと発せられた。 
            「ゼルレッチ翁です」 
            「よしわかったわ、今からそいつに……え?」 
            「ですから、ゼルレッチ翁です。キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ」 
             カレンから名前を聞いた瞬間飛び立ちそうな勢いだった遠坂だったが、そのまた次の瞬間に聞き返して呆けていた。そして今も呆けている。 
             いや、ちょっと待て。 
             今問題なのはそこではなく。 
            「えーと、カレン。いいかな」 
            「なんでしょう」 
            「俺の記憶違いじゃなければそのゼルレッチって言うのは……」 
            「おそらくあなたが思っている通りです、エミヤシロウ。現存する五人の魔法使いの一人、宝石のゼルレッチその人です」 
             俺の記憶違いじゃないらしい。 
             俺でも知ってる魔法使い。 
             あの聖杯戦争の最終局面に置いて俺が投影した宝石剣の本当の持ち主、並行世界を渡り歩く大魔法使い、魔道元帥ゼルレッチ。 
            「何でそんな人がそんなくだらない悪戯を」 
            「それについて言伝があります」 
             そう言ってカレンはまた遠坂に向き直った。 
            「ええと、トオサカ――」 
            「凛でかまわないわよ。わたしだって下の名前呼ばせてもらってるんだし」 
            「ではリン。ゼルレッチ翁からの言伝です」 
             そう言ってカレンはポケットから封筒を取り出し、中から一枚の便箋を引き抜き、そのまま読み上げる。 
            「『トオサカの裔、わが系譜たるトオサカリンよ』」 
             そう読み上げた後カレンは一度目を閉じ、すう、と息を吸う。 
             魔法使いがその系譜に伝えることである。きっとよっぽど重大な―― 
            「『好きな男追っかけるのを止めはしないが一年立っても進展ないのはやりすぎだろう』」 
            「大きなお世話よ! って言うかなんで知ってるのよ!」 
             遠坂、吼える。 
             しかしカレンはそんなこと知ったこっちゃねーと言わんばかりに淡々と言葉を続ける。 
            「『お主があの日突然やってきた英霊につれられ帰国して以来、なかなか面白い毎日を繰り広げているのはとても楽しく見させてもらっている。こんな愉快なのは他の世界でも中々無いので自信を持って欲しい』」 
             遠坂は暴れている。 
             そして俺の中で大魔法使い像がガラガラと崩れ落ちていく音が聞こえる気がする。 
             なんだろう、よく物語とかでいるような落ち着いた老人ではなく、なんかもっとファンキーでノリのいい爺さんのような。 
            「『まあ、ライバルが多いのは王道的展開として見てて楽しいので、今回そちらにいく人物に『突然やってきた義理の妹』と言うシチュエーションを演出してもらうことにした。愉快な反応を楽しみにしている』」 
             そしてカレンは淡々と言葉を続け、 
            「『最後に。わしはいつでもお前を見守っている』」 
            「見守るなあっ!」 
             遠坂は吼えたけった。 
             そして力任せに壁を殴った。見事にへこんだ。あれ修理するのって俺の仕事なのかなあ。 
             そんなことを思ったが怖いので遠坂には触れないでおく。こう言うときに声かけても100%ろくな目に合わない。 
             いや、簀巻きにされてる次点でもう十分って気もするが。 
            「えーと。それで、カレン。用事ってのは……」 
            「いえ、わたしは挨拶に来ただけです。この町の魔術師はこの家に集中していますので」 
             そう言ってカレンはぐるっと見渡す。 
             さっきの怒りが冷めやらぬ遠坂と、その横で何とかなだめようとしている桜。そしてその横で茶を飲みお茶菓子を楽しんでるセイバーとライダーのサーヴァントコンビ、そして一人行儀よく座ってるイリヤ。 
             うん、改めて考えて見ると凄いメンツである。 
            「それでは、これからよろしくお願いします」 
            「ああ、よろしく」 
             残念ながら簀巻きにされたままだったので握手は出来なかったが、俺とカレンはそう言ってお互いに初めての挨拶を交わした。 
             
             
             
             
             
             
             
             
             
             
             
             
            「ゼルレッチ翁も『期待してると伝えておいてくれ』と」 
            「いや、何にさ」 
             とりあえずまたろくでもない人が増えたのは間違いないらしい。 
             
             
             
             
             
            
             
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