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              その日、衛宮家には誰もいなかった。 
 いや、俺はいるけど。 
 そういう意味からすれば『誰もいない』ってのは間違いなのかもしれないが、思わずそう言ってしまったのもしょうがない。 
 いや別に、全員家を出て行ったとかそういうわけではない。 
 遠坂と桜は遠坂の家の掃除、セイバーとイリヤは藤村組の雷画爺さんのところ、藤ねえは仕事、そしてライダーはふらりとどこかに出かけてしまった。 
 遠坂と桜が出かけるのは前から聞いていた話だし、セイバーとイリヤが雷画爺さんのところに行くのも、ライダーがどこかに行くのも珍しい話ではない。 
 ただそれが全部重なるというのはひょっとしたら初めてな気がするだけで。 
 もうそろそろ昼になるんだけど誰も帰ってくる気配はなく――まあ別に昼に帰ってくると言われてないわけだけど――まあ、あれだ。正直言うとなんだかぽっかり穴が開いたような気分だったりする。 
「……慣れてるはずなんだけどなあ」 
 そんなことを呟いてみる。 
 そう、慣れているはずだ。 
 確かに今は騒がしい我が家だけど、元々は切嗣と二人で暮らしていた家だし、切嗣が死んでからは俺一人で住んでいたのだ。 
 藤ねえはちょくちょく遊びに来たし、そのうち桜が来てくれるようになったけど、基本的に俺は一人だった。 
「むー」 
 居間に一人寝転がり、唸りながらごろごろと転がってみたりする。 
 よくイリヤがやっているのを見て注意していたけれど、やってみるとなかなか面白い。 
 ――とは言っても、広い我が家に一人残されている事に変わりは無いわけで。 
 せっかくだから俺も出かけようかな、とか思い始めたときに呼び鈴が鳴って、思わず玄関まで駆け出してしまったとしてもおかしくは無いと思う。 
「はい、どちらさま?」 
 そんな風に言いながら扉を開けると、そこには驚いたのか、なんだか呆然としている訪問者がいて。 
「えーと。氷室、だよな?」 
「ああ、うむ。久しぶりだな、衛宮」 
 そいつが予想だにしなかった人物だったのでちょっと驚いた。 
 さっきの挨拶からわかる通り、お互い知らない顔ではない。 
 一成の手伝いで校内の備品を直している時に何度か陸上部にお邪魔したこともあるし、それなりに話したこともある。そうでなくても、今目の前にいる氷室に加えて蒔寺、三枝の三人――通称『陸上部の三人娘』は結構有名だった。まあ遠坂ほどではないにせよ。 
 確かに知らない仲ではないけど、だからと言って何の予告もなく家に訪ねてくるほど親しい仲ではなかったはずだ。うん。 
 そんな氷室が俺の目の前にいるわけだが。しかも未だに驚愕の表情のままで。 
 知らない人が見れば大げさと言うかもしれないが、『女史』と言うあだ名からもわかる通り、常に冷静だった氷室が驚くこと自体珍しい。 
 逆に蒔寺は必要以上に驚くわ騒ぐわで大変だったが。 
 いや、そんなことはどうでもいい。 
「えーと、何か用か?」 
 勿論用が無ければ来るはずも無いので結構間抜けな質問かもしれないが、このまま玄関先でお見合いしているわけにも行かない。さっき目の前を通りがかった藤村組の人はなんだか楽しそうににやりと笑って、俺の方にびしっとサムズアップしてくれた。なんでさ。 
 まあそんなわけで、この状態でじっとしているわけには行かない。 
 氷室もそれは理解したのか、気を取り直して答えを返す。 
「ああ、うむ。用と言えば用なのだが……」 
 でもなんだか要領を得ない。 
 んー。思い出してみても、氷室はもう少しさばさばというか、もっとハッキリと物事を言うタイプだったと思うんだが。 
 今日の氷室は珍しくはっきりしないが、何か困っているみたいなのは見てわかる。 
 ――よし、そうだな。 
「氷室、昼飯食ったか?」 
「? まだだが」 
 突然の俺の申し出に氷室は一瞬何を言っているのかわからないかのように眼をぱちくりさせた後、慌てて返事をする。 
 ともあれ、好都合だ。 
「せっかく来たんだし、食ってけよ」 
「いや、突然押しかけてそこまでするわけには」 
 まあ、そう言うだろうことは予測済みだ。 
 だから俺は畳み掛けるように言葉を続ける。 
「藤ねえが蕎麦を山ほどもってきて困ってるんだ。消費手伝ってくれ」 
             そう言うと、氷室は少し考えた後に首を縦に振った。 
「まあ、そういうことなら」 
「おう、食って行ってくれ」 
 落ち着かないときはまず食事をすませてから。 
 それはいつの間にやら決まった衛宮家のルールだった。 
 氷室は確かに初めて我が家に来たわけだが、我が家に来たからには我が家の流儀に従ってもらおう。 
 いやまあそんな偉そうに言うことでもないが。 
 
 
 
 
「すまん、気を使わせた」 
「いや、別に」 
 ごちそうさま、と食後の挨拶の後に氷室はまずそう言ったので、俺も素直にそう返した。 
             蕎麦が余っていると言うのも嘘じゃないし。 
             確かにそのうち無くなるだろうとは思うが、昼食を一人でとるというのもなんだか寂しかったことも事実だし。 
 そして、蕎麦のおかげってことも無いだろうけど、氷室もだいぶ落ち着いたように見える。 
 これなら昼食を振舞った甲斐もあるというものである。 
「で、用があったんだろ? まさか用もなしに突然俺んちに来るとも思えないし」 
「いやまあ、用と言えば用なのだが……」 
 食器を片付け、正座して食後のお茶を飲んでいる氷室を見て頃合かと思って聞いてみたが、まだなんだかはっきりしない。 
 むう、困った。 
 別に氷室が邪魔ってことは無いんだが、このままの状態でいるのは落ち着かない。 
 我が家にいる俺が落ち着かないんだから、初めて訪れた家にいる氷室はもっと落ち着かないだろう。 
 どうしたものか。 
 こんな時、誰かが――遠坂でも桜でも、この際藤ねえでもいいからいてくれれば助かるんだけど、残念ながら誰もいない。 
 ちょっと早めに昼食はとってしまったが、時計を見るとまだ十二時前。誰かが都合よく帰ってくると言うことも無いだろう。 
 むむむ。最近、良くも悪くもいろいろ知り合っている我が家の面々とばかり過ごしていたから、こういう状況はなんだか久しぶりな気がするぞ。 
「ああ、すまんな」 
 俺がそんなことを考えていると、氷室はそう前置きをしてから口を開いた。 
「確かにここには用があって来た。昼食までご馳走になって話さないわけにもいくまい」 
「いや、それは別に気にしなくてもいいけど」 
 慌ててそう答えるが、氷室は気にせず言葉を続ける。 
「クラス会の打ち合わせをしに来たのだが」 
「クラス会?」 
 思わず聞き返した。 
 氷室は俺の声を聞いてからうむ、とうなずいて見せた。 
 どうやら聞き間違いではないらしい。 
 いや別にクラス会が何なのかを知らないとか言うことはないし、特に驚くほどのことも無い。 
 俺は留年しているけど、氷室たちは三月に穂群原を卒業したのだ。 
 まあ確かにちょっと早いかもしれないけど、仲がいい面々と久しぶりに会いたいと思って企画したとしてもおかしくは無い。 
 でも。 
「俺、氷室と同じクラスになったこと無いよな」 
「うむ」 
 一応確認してみたが、何を今更と言わんばかりにうなずいた。 
 どうやら俺の記憶違いとかじゃあないらしい。 
 最近忘れがちになるが、俺は一度死んで生き返った体である。 
             様々な魔術と魔法と奇跡とその他もろもろのおかげで以前と同じような生活が送れてはいるが、細かい記憶の欠落とかがあったのかと思ったのだが。 
 落ち着いて考えてみれば、以前のクラスメイトは思い出せる。 
 さすがに何人かおぼろげなのもいるけど、氷室たちが別クラスだったのは間違いない。 
 だって氷室たちのクラスは―― 
「遠坂嬢とクラス会の段取りについて打ち合わせをしようと思って来たのだが」 
「ああ、なるほど」 
 納得がいった。 
 確かに氷室たちは遠坂と同じクラスだった。 
 あのころの遠坂は必要以上には他人と関わりを持とうとしていないように見えたが、それでも氷室たちと話しているのは何度が見たことがある。 
 確かにこういうイベントを開催する時に遠坂は何かと頼りになる存在だろうから、氷室が俺にじゃなくて遠坂に用があるというのは―― 
 ちょっと待て。 
            「まさか君と同棲中とは夢にも思わなかったので少々驚いたよ」 
 欠片も待ってもらえなかった。 
 いや、実際に待ってくれといったわけじゃないので待ってもらえるとは思わなかったが、それでもちょっとその、なんだ。困る。 
「いや別にそんなことは」 
「今更隠すことも無いだろう」 
 俺の弁解など聞く耳持っていないらしい。 
 まあ確かに遠坂は学校を卒業しているわけだし、遠坂がここにいることは藤ねえだって認めている。何を今更って気はするが、そんな噂が流れたら――今更何か変わるとも思えないけどそれでも認めるわけにはいかない。 
 俺にはわかる。 
             コイツは――氷室鐘は、遠坂凛と同類だ。 
 さっきまではあんなにハッキリしなかったと言うのに、まるであれは全て演技だったのかと思えるほどに、今の氷室はとても楽しそうに笑いながら俺のほうを見つめている。 
 こいつもあくまだ。間違いない。 
 隙を見せるわけにはいかない。 
 あくまに隙を見せること――それは全ての終わりを意味する。 
 心を硬く、まるで鉄のように硬く。 
 それは難しい作業ではない。出来損ないとはいえども、衛宮士郎は魔術の世界に身に置く者である。 
「隠すも隠さないも、まあ確かに遠坂とは最近会っているけれど」 
             あくまでポーカーフェイスでそう答える。 
 心を平静に保つことは魔術の基本。 
 相手が魔術師や英霊ではなく、ただの一般人だというなら騙しぬくことなど造作も無い。 
 そしてなにより、この身は硬く錬鉄された剣でできている――! 
 びしっ、と。 
 背筋に一本芯を通して待ち構えていると、氷室はそんなこと気にもせずに言葉を続ける。 
「遠坂嬢は少なくともそのつもりだと思うぞ」 
「何でさ」 
「これを見てくれ」 
             そう言って氷室がバッグの中から取り出したのは一枚の葉書。 
             一瞬見てもいいのかと悩んだが、促されたので素直に中身を見てみる。 
             それ自体は何の変哲も無い葉書である。 
 内容はクラス会開催のお知らせと、日時の連絡。 
 そして出席・欠席の欄があって、出席に丸がつけられている。 
 当然のごとく名前は『遠坂稟』。 
「これがどうかしたのか?」 
「裏返して見てくれ」 
 言われるままに裏返す。 
 前もって印刷してあったのだろう、宛先は氷室の家になっている。差出人は当然『遠坂凛』で―― 
「あの家を引き払って引っ越すと言うのも考えにくかったが、住所は確かにここだったのでな」 
 住所は俺の家だった。 
 何か体の中からぽきっていう何か硬いものが折れる音が聞こえた。 
 ああ、それで最初氷室は俺を見て驚いていたのか。 
 そりゃまあ、あの遠坂が男といっしょに住んでいるとは思うまい。しかも相手が俺。 
「いやそれは多分間違いだよ。きっとあれだ、ほら。うっかりミス」 
「――ふむ。まあそれも無いとは言いきれないな。それでは、電話させてもらっていいかな?」 
「はい。そりゃもうどうぞどうぞ!」 
 われながら無理のある言い訳だと思ったんだが、氷室はあっさり引き下がって携帯を手に取り、遠坂に電話をかけようとしている。 
 つうか遠坂、俺が死んでる間に何したんだお前。 
             うっかり癖が加速しているようでとっても心配です。 
             でも今だけは、そんなお前のうっかり癖に感謝を―― 
            Trrrrr…… 
 着信音が室内で鳴り響いた。 
 音がする方を見てみると、そこにあるのは携帯電話。 
 見事なワインレッドのボディと、操作方法が習得できなかったのかデフォルトのままになっている発信音を発するそれは、間違いなく遠坂の携帯電話。 
 氷室が自分の携帯を切ると発信音は止み、もう一度かけてみると当然のごとく鳴り出す。 
 遠坂、携帯電話は携帯するから携帯なんだぞ。 
 って言うか置き忘れるにしても家の電話の横に置いてくってどういうシチュエーションだったんだ一体。 
 どうしたものかと思い悩む俺をよそに、氷室はつかつかと歩みよって遠坂の携帯を手に取った。 
「……これは遠坂嬢の携帯ではないのか?」 
「この前遊びに来た時に忘れていったんだよ、きっと」 
「昨夜十時過ぎに電話したところ、『もう寝ようかと思ってたところ』と言っていたのだが」 
 遠坂のうっかり娘――! 
 さすが遠坂、ここぞと言う時には取り返しのつかないうっかりをかましてくれる。 
 って言うかお前、朝に『家にお客さんが来るから掃除してくるわ』とか言ってなかったか。 
「あと、今日『いい機会だから家族を紹介する』となんだか照れくさそうに言っていたのだが。なるほどそういう意味だったか」 
 遠坂のうっかり大魔王――! 
 おそらくは桜が実の妹だと紹介するつもりだったんだろう。 
 いや別にそれは悪くないことだし、別にいいことだと思う。 
 だから今日、遠坂邸の掃除に桜も連れて行ったんだろうということはわかる。 
 そう、お前のうっかりは『住所を書き間違える』『携帯電話を忘れる』と言うたった二つだけ。そんな些細なうっかりで俺をここまで窮地に追い込むなんて、うっかりオブジイヤーの称号を贈りたい。そんなもん贈ったら間違いなく入院コースだろうけど。 
「留学中の遠坂嬢がこんな半端な時期に帰国すると言うのがどうもしっくりこなかったが、これで全て合点がいった。なるほど、遠く離れた衛宮が忘れられないということだったか」 
 ああ、氷室の眼が活き活きしている。 
 眼鏡越しでもわかるぐらいその眼は輝き、全身に力がみなぎっている。 
 どうして俺の周りにはこういう女性しかいないんだろうか。 
            「何、別に言いふらそうと言うわけではないし、二人の中をどうこうしようと言うわけでもない。ただこのままでは落ち着かないので、少し話を聞かせてもらえればいいのだよ」 
 氷室はそう言って、さっきとはうってかわって優しげな笑みで俺を見つめている。 
 まあ、ここまで着たら止むを得ないのかもしれない。 
 この助けが無い状況で下手に抗って傷口を広げるよりも、ある程度話して納得してもらった方が得策なのではないだろうか。 
 そんなことを思い、心が折れて口を開いた俺が声を発しそうになった時。 
「誤解です。士郎とリンの間はそんなやましい関係ではありません」 
「ライダー?」 
 それを遮ったのは、凛としたライダーの声だった。 
 ライダーの言葉に俺と氷室が動きを止めると同時に鳩時計が鳴き、十二時であることを告げた。 
「ただいま帰りました、士郎」 
「……ああ、おかえり」 
 いつも通りに帰りの挨拶を告げるライダーに、俺もいつも通りそうかえす。 
「お客様ですか?」 
「あ、ああ、失礼した。衛宮くんの元同級生で氷室鐘と言います」 
 氷室もさすがに驚いたのか、珍しくどもりながらそう答える。 
 まあ、そりゃそうだろう。 
 氷室だって美人の部類だとは思うが、ライダーはなんかもう格が違う感じの美人だし、 プロポーションだってモデル並だしどう見ても日本人じゃない。 
 そんな彼女ににっこりと微笑まれて、冷静でいるのはいくら氷室だって難しいに違いない。 
「どうもご丁寧に。それではカネとお呼びしても?」 
「それはかまいませんが。ええと、失礼ですが」 
「ああ、これは申し遅れました。ライダーと言います」 
 そう言ってまたにこりと微笑み、『士郎の義姉です』と続けた。 
 ああ、そうだ。 
 そういや最初、ライダーは『俺の義理の姉』ってことで周りには説明したんだっけ。 
 どう見ても日本人じゃないライダーだったが、そもそも俺も養子だし、説明したら全員申し合わせたように『ああ、切嗣さんの娘か』と納得してくれた。 
 切嗣には最近色々と言いたいこともあるけど、こういう時は本当に助かる。 
 そして、ライダーはこう言う時には頼りになる。 
 最初は俺も不安だったんだけど、こう言うときのライダーは完璧に『義姉』を演じてみせる。 
 それを見た遠坂が「やっぱりサーヴァントはマスターに似るものね」とか言っていたけど、詳しい意味は追求しない事にした。デッドエンドはもう嫌です。 
「士郎とリンがそう言う関係でないことは、義姉である私が保証します」 
 ライダーはきっぱりとそう断言するが、氷室だって負けてはいない。 
「しかし、ライダーさん。貴女が衛宮の義姉だということは理解できたが、義姉だからと言って弟の周りの人間関係を全て把握しているわけではないでしょう」 
 そう、いかに義姉だからと言って俺の人間関係の全てを理解しているなんてことはありえない。現に、実質義姉と言って差し支えのない藤ねえなんてその辺さっぱりわかってないと思う。いや、ひょっとしたら知ってるのかもしれないが。主に野生の勘とかで。 
 さておき、氷室の指摘によってライダーの嘘は一瞬のうちに無駄になった。 
 『ライダーが義姉である』と言う嘘は信じさせることに成功したが、その嘘をついた目的は果たせていない。 
            「衛宮と遠坂嬢の関係を否定する要素にはなるかもしれませんが、その関係を否定しきるには弱すぎる」 
 まるで法廷に出た検察官のように――ああ、氷室ってその手の職業が似合いそうだよな。異様に。 
 とりあえずそんな感じでライダーをやりこめた氷室は、一息ついて言葉を続ける。 
「それとも、何か他に言うことがあるとでも?」 
 それは氷室鐘の最後の言葉。 
 『チェックメイト』と言う言葉に等しい、相手に対する勝利宣告。 
 まあそもそも遠坂がこの家に住んでいることは事実なわけなので、それを隠し通そうと言うこと自体に無理があったのかもしれないが。 
 全ては無理だとしてもある程度は説明したほうがいいのかな、とか思い始めてみてもライダーは諦めなかった。 
「――はい」 
 そう言ってその首をしっかりと縦に振る。 
「ライダー?」 
「士郎、もう隠すのは不可能です」 
「何を――」 
 言う気なのか、と。 
 問い正そうとする俺を目で制し、ライダーはその口を開いて声を発する。 
 俺と遠坂の疑惑を晴らすために。 
 いやだから、そもそも事実無根かと言うとそんなことは無いわけで。一緒に住んでる上にそういうことがなかったのかときかれればそんなこともないわけで。余計なこというぐらいなら認めちゃった方がいいんじゃ無いかと思っている俺の言葉を遮って、ライダーは高らかに宣言した。 
「私が士郎の妻です」 
「「……はい?」」 
 えーと、その、なんだ。 
 うん、さすがの氷室も唖然としている。 
             いや、俺も唖然としているが。 
 するとライダーは俺の方に視線を向けて声を発する。 
「士郎、ここは話をあわせて下さい!」 
「いやその、ライダーさん。全て聞こえてるんだが……」 
 氷室の突っ込みも完全に黙殺。 
 俺はもう何と言ったらいいのか。 
 そんなことを思っている間もライダーは止まらない。 
「お疑いと言うのなら証を立てましょう」 
「一体何を……」 
 今、自分の目の前にいる美女はなんか色々な意味で尋常じゃないと理解したっぽい氷室がおずおずと聞くと、ライダーは胸を張って高らかに宣言した。 
「契りを」 
「できるか!」 
「私は大丈夫です」 
「俺が無理!」 
「ええい、何を今更恥ずかしがるのです士郎。たまには人に見られながらと言うのも燃えるものですよ」 
「いやライダー、お前当初の目的忘れてるだろ!」 
「ええい、初心なネンネじゃあるまいし、大人しく――」 
 
 ごめす。ずししゃしゃしゃしゃー。 
 
 無力な町娘よろしくライダーに手篭めにされそうになったその瞬間、ライダーの側頭部に黄金の恵比寿像が直撃して吹っ飛んでいった。 
 そのまま障子を突き破って中庭へ。二回ぐらいバウンドしてから動かなくなった。 
「全く、油断も隙も無い」 
 憎々しげにそう言うのは渦中の人遠坂凛。 
             その立ち姿を見るに、恵比寿像を投げたのは遠坂らしい。 
「遠坂、一つ聞いていいか」 
「何よ」 
「あの恵比寿像は……」 
「家に帰ったら倉庫にあったから持ってきたの。うちは洋館だから飾っても似合わないし」 
 いや、うちもあんなもん飾られても困るんだが。 
 そんなことを思っていると、凛と一緒に帰って来たっぽい桜は横たわるライダーの頭の上あたりに立ち、にこやかに微笑みながら自らのサーヴァントに問いかけている。 
「ライダー、一体何をしようとしていたのかしら?」 
「ああ、サクラ。私は士郎とリンの名誉のためにあえて汚れ役を――」 
「具体的には?」 
「夫婦の営みを」 
 
 ごしゃ。 
 
 頭部目掛けた容赦の無い踏み付けだった。どうやら魔術で強化までしたっぽいその脚は地面にめり込み、軽くクレーターなどを形作っている。 
 すんでのところでかわしたらしく、ライダーはすでに間合いを取って起き上がっているが。 
「逃げるんじゃありませんライダー!」 
「嫌です。いくらこの身がサーヴァントといえども、桜のスタンプを受けてしまえばちょっぴり痛い」 
 そして始まる恒例の追いかけっこ。 
「ただいまー!」 
「ただいま帰りました」 
 そして、玄関の方で元気に帰りを告げるイリヤとセイバー。 
 ああ、なんだ。 
 俺は寂しいとか思っていたけれど。 
 
 みんなここに帰ってきてくれるんだ。 
 それなら寂しいなんて思う必要は無い。 
 いつも通り、騒がしいながらも幸せな我が家で―― 
「で、衛宮。詳しい話は聞かせてもらえるのだな」 
「わかった……」 
 周囲の騒動をよそに、実に楽しそうに俺の肩を叩く氷室にどう説明するかを考える事にしよう。 
 
 その日、あの騒々しい日常に新たな風が吹き始めた――。 
 
             
             
             
             
             
            
             
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