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              俺こと衛宮士郎は高校生である。 
 どうも忘れられがちなので頑なに主張させていただくが、高校生である。 
 二次創作をするときには何とか倫とか言う恐怖の集団は出てこないので声高に主張するが高校生である。ついでに言うなら三年生。ダブりだけど。 
 あと、藤ねえは高校の教師である。 
 どうも忘れられがちって言うか実際に授業を受けている俺と桜もたまに忘れるぐらいだけど、それでも高校教師である。 
 高校教師なのに教え子の家に飯たかりに来るのはどうなのよとか思うけど、それはそれとして高校教師である。 
 んでもって秋も深まる中、藤ねえが結構久しぶり(とは言っても一週間ぶりぐらいだが)にわが家に晩飯をたかりに来て、戦乱の夕食の後にみんな揃ってお茶でもすすりながらのんべんだらりとテレビを見ていたら藤ねえに突然問いかけられた。 
「そうだ士郎」 
「ん?」 
「進路どうする?」 
「―――はい?」 
 なんだか予期せぬことを聞かれてしまったので、思わずそう聞き返してみた。 
 いや、意味がわからないわけじゃない。 
 遠坂やイリヤは俺のことを馬鹿だ馬鹿だといいまくるが、俺だって一般常識は持ってるつもりだ。 
 そりゃ遠坂みたいに学園一の成績を保持したりはしてないが、そこそこいい成績はとってるはずだしそもそもそんな難しい問いかけでもない。 
 だから意味はわかる。 
 でもなんか少なくともこんな状況で聞かれる問いではないと思うんだが。 
「ごめん藤ねえ、もう一度いいか?」 
 そう言うと藤ねえは両手を腰につき、はあやれやれって感じで溜息をついてからもう一度口を開く。 
「士郎、あなたにとっても一生の問題なんだからしっかり聞きなさい。あなたの卒業後の 進路をどうするのかってセイバーちゃんその今川焼きはわたしの!」 
「油断大敵ですタイガ」 
「しっかり聞けって言うならしっかり話せって言うかセイバーも藤ねえと争うな!」 
 一瞬前の問いかけはどこに行ったのか、食卓を挟んで争い始めた虎と獅子に全力で突っ込んだ。 
「―――で?」 
「うん。だから士郎、高校卒業した後の進路どうするのかなーって」 
「いや『かなーって』とか言うほど簡単な問題じゃないだろう」 
「そう言えば高校三年生には進路指導とか必要なのよね。すっかり忘れてた」 
 いや、そこは『てへっ』って笑いながら頭こつんと叩いても何のフォローにもならんぞ藤ねえ。 
 萌える萌えないとか言う以前に多分それ大問題だし。 
「藤村先生、去年もそうだったのよね……」 
 そんな藤ねえを見て、なんだか遠い目をする遠坂。 
 ああ、遠坂も去年同じことやられたのか。 
 遠坂はロンドンに行くことが決まっていたらしいけど、それでもさすがに焦っただろうって言うか反省しろ藤ねえ。 
「な、なによ士郎。しかも遠坂さんや桜ちゃんにセイバーちゃんやライダーさんまでこっ ちを見て。まるでわたしが悪いみたいじゃないのよう」 
 さすがに自覚はしているのか、そんなことを言いつつ何だか涙目になってぷるぷる震えていると、イリヤがとてとてと歩み寄って藤ねえの肩に手を置いた。 
「タイガ、お給料分は働きなさいね」 
 その表情は、例えて言うならば聖母のように優しい笑顔で。 
 さすがに自分の不利を悟ったらしい藤ねえは、 
「何よ何よみんなして。もう知らないからね。紙置いとくから明日までにきめときなさいよー!」 
 語尾に『ばーかばーか』とか付けそうな勢いでそう咆えると、凄まじい勢いで走り去った。 
 
             
            
              
             
             
            「それで、士郎。進路は結局どうするの?」 
            「あー、うん。正直何も考えてなかった」 
             暴れ虎が敗北して撤退した後、遠坂に聞かれて素直にそう答える。 
            「最近、それどころじゃなかったからなあ……」 
             春からこっち、様々な出来事が思い出される。 
             特に最近色々と大変だった。 
             そんなことを思いつつ、ふとみんなの方を見てみると全員いっせいに目をそらした。 
             いやまあ、皆を責めようとかそういうつもりはないんだが。 
            「まあ、就職かなあ……」 
             漠然と、思いついたことを口に出してみる。 
             進学って言う選択肢もありだとは思うのだが、なんとなくピンと来ない。 
             どこかいい会社に入りたいと思っているわけはないが、どんな職業に就きたいかと聞かれても特に何も思いつかない。 
             やはり進路とかこう言う物は一朝一夕では決められないんじゃないかとか当然のことを考えていると、セイバーが思い出したように手を叩いた。 
            「シロウ、そう言えばライガがシロウに後を継がせたいと」 
            「いやすまん、それは遠慮する」 
             雷画の爺さんは俺の何が気に入ったのか、ことあるごとに俺に藤村組の後を継がせようとする。 
             一時期はこともあろうに『うちの大河と一緒になってくれれば俺も安心なんだがなあ』とか言語道断極まりない発言をしていたりもしたが、桜がうちに出入りし始めたころからそれは無くなった。 
             それでもまだ諦めていないのか冗談なのか、さっきのセイバーの言葉みたいなことを言って来る。一度こっちもからかうつもりで『俺が継いだら組の名前『衛宮組』にしちまうぞ?』と言ったら『構わんぞ』とか言いながら杯用意しだしたので逃げた。 
             っていうか藤ねえのオヤジはどうする気なんだ一体。 
             ……話がずれた。 
             まあそんなわけでヤクザの組長になるつもりはないが、だからと言って他になりたい職業と言うのもすぐには思いつかない。 
            「うーむ……」 
             今までバイトやら手伝いやらをしてきた仕事が脳裏を巡るが、今ひとつぴんと来るものがない。 
             俺がそんなことを思ってうんうん唸っていると、遠坂は横に座る桜に問いかけた。 
            「そういえば、桜はどうするの?」 
            「わたしですか?」 
             あ、そうか。俺が卒業ってことは桜も卒業するんだった。 
             そう気づいて桜の答えを待っていると、桜は少し考え込んでから、やがて意を決するようにこっちを向いて口を開く。 
            「わたしはいつまでも先輩と一緒にいたいです」 
             いや、今遠坂が聞いたことはそういうことじゃないと思うんだが。 
             まあでもその言葉は嬉しかったので「うん、ありがとう」と素直にお礼をしてみたら桜は何だか微妙な表情で「いえ」とか言いながら俯いた。 
             なんでだろう。何か今の会話におかしいところがあったんだろうか。 
             俺が答えて桜が何だか俯いているのを見て、遠坂が溜息をついてイリヤは桜の肩を叩いて慰めているっぽい。 
            「……いま、なんかまずいこと言ったか?」 
            「まあ今更だから気にしなくていいわ。とりあえず衛宮くんはそこで自分の将来について悩んでなさい」 
             むう、何が何だかさっぱりわからないけど馬鹿にされてる気がする。 
             とは言っても状況から見るに、俺はまた自分でも気づかないうちに失言をしてしまったっぽい。 
             えーと、とりあえずこういう時は。 
            「ライダー、セイバー。二人は何かやりたいこととかないのか?」 
             さっきから会話に入ってこないで、定位置についてお茶と煎餅を味わいつつタイガー(飼い猫の方)を愛でていた二人に振ってみた。 
             視界の隅で遠坂がはぁやれやれって感じで肩をすくめていたような気もするがそれはあえてスルー。 
             多分さっきの発言に深く突っ込むと色々あった末に吹き飛ばされてオチになりそうな気がする。 
             これからの時代、危機回避能力は重要である。この衛宮家においては特に。 
             そんな俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、ライダーとセイバーは二人で一度視線を交わしあった後に素直に答えを返してくれた。 
            「わたしたちもサクラと同じですね。士郎と桜の二人と共に生きます」 
            「その通りです。私はシロウの剣となり盾となることを誓った。それはシロウがいかなる道を進もうともはや破られることのない誓いです」 
             
             何一つ迷うことなくそう言いきる二人の姿は凛として美しく、俺はもちろん桜たちも一瞬言葉を失ってしまった。 
             
            「例え契約に縛られていなくても、受肉していたとしても私たちはサーヴァント。その存在意義は己がマスターと共にあることです。それは令呪に縛られたものではなく、私たちの魂をかけた誓いです」 
             ライダーがそこまで言うと、二人とも正座したまま床に手を突いて、深々とお辞儀をした。 
            「ふつつかものですがよろしくおねがいします」 
            「あ、いや。こちらこそ」 
             思わず反射的に俺もお辞儀を返す。 
             たっぷり数秒の間頭を下げ、お互い顔を上げる。 
             考えてみればかなり間抜けなやり取りな気もするが、やってしまったものはしょうがない。 
             しばらくそのままでいると、遠坂は呆れたようにはぁ、と一つ溜息をつくと口を開く。 
            「まったく。それじゃまるで嫁いで来た人みたいじゃない」 
             その表情はいつもの人をからかう赤いあくまの微笑み。 
             そして今回それを受けたライダーとセイバーは、 
            「「はい」」 
             二人揃って凄く堂々と、何者にも屈することのない自信に満ち溢れた表情でそう答えた。 
             
            「……はい?」 
             赤いあくまの微笑み、引っ込む。 
             二人の言葉の意味が理解できないのか、目を二度三度とぱちくりさせている。 
            「では改めて。ふつつかものですがよろしくお願いします」 
            「あ、いやこちらこそ」 
            「ちょっと待ちなさいっ!」 
             次に復活したのは桜だった。 
            「さっきの『はい』っていうのは……」 
            「これを」 
             桜の言葉を最後まで聞くことなく、ライダーは懐から一枚の茶封筒を取り出して桜に手渡した。 
             取り付かれたように封筒の口を開け、書類を取り出す桜。 
             そしてそれを後ろから覗き込む俺と遠坂。 
             
            戸籍謄本 
             世帯主 衛宮士郎 
             妻1  衛宮セイバー 
             妻2  衛宮ライダー 
             
            「ちょっと待てぃっ!」 
             遠坂復活、即座に突っ込んだ。 
            「どこでこんなもの用意したんですか!」 
             そして桜も続いた。 
            「いえ、雷画に相談してみたら次の日には持ってきてくれました」 
             ほんでもってライダーはいつもどおりしれっと答えたって言うかおい。 
            「ダメに決まってるでしょう!先輩も何か言って下さい」 
            「ああ、うん」 
             確かにあの爺さんならこれぐらいのことはやってのけそうだが、さすがにちょっとこれはアレだろう。 
             そう思って俺はセイバーとライダーの前に立ち、 
            「嫌なのですか、シロウ」 
             
            「うっ」 
             
             セイバーに上目遣いで見つめられ、 
            「士郎。貴方が嫌と言うのならば仕方がありません」 
            「ううっ」 
             ライダーが俯き、哀しそうに見えて。 
            「いや、嫌とかそう言うことじゃなくてな」 
            「じゃあ、士郎は嬉しいと」 
            「あー。まあ、気持ちはすごく嬉し」 
            「先輩もすぐに懐柔されないで下さいっ!」 
             すんでのところで桜に止められた。 
             いやだってほら二人を泣かせるわけにはいかないしって言うか、その二人はどうやら桜のことなんざ気にしちゃいないっぽい。 
             サーヴァントの存在意義は己がマスターと共にあることじゃなかったのか。 
            「しかしライダー、この順番でよろしいのですか?」 
            「残念ながら士郎との契約(エンゲージ)を最初にしたのは貴女です。セイバー」 
            「ライダー、貴女と言う人は……」 
            「話を聞きなさい!」 
             襲い来る桜のコークスクリュー。 
             でも二人のサーヴァントはかわすかわす。 
             そのかわしっぷりは正に「当たりはせんよ」って感じで。 
            「せっかく先輩の実印を押した婚姻届まで用意できたのに、これじゃ無駄じゃないですかっ!」 
             なんだか桜の攻撃に交えて不穏当な言葉を聞いた気がするけど、そんなことには構わず戦いは進む。 
            「姉さん、手伝って下さい!」 
            「……ええ、わかったわ」 
             一人では埒が明かないと悟ったのか、桜は先ほどまで言い争っていた姉に助けを求める。 
             それに答えて遠坂がゆらりと立ち上がるのと同時に、四者の間の空気がぐにゃりとゆがむ。格闘家と書いてグラップラーっぽく。 
             一触即発。 
             そんな中、一人争いの中にいないイリヤが何をしているのかと思い辺りを見れば。 
            「じゃあわたしは妹でいいわ」 
             きゅっきゅっと音を立てて『妹:衛宮イリヤ』とか書いていた。 
             いや、今更そこに書くのがどうとか言うのもどうかと思うが、そもそも筆記用具が色鉛筆っていうのはどうだろう。 
            「義姉さんって呼んだ方がいいのかしら」 
            「いえ、今までどおり『ライダー』でかまいません」 
            「私も『セイバー』と。これからもよろしくお願いします」 
            「待ちなさい!」 
            「しょうがないですね。それじゃあサクラが妻3、リンが妻4と言うことで」 
            「ダメに決まってるでしょ!」 
            「じゃあリンが妻3、サクラが妻4で」 
            「むむ……」 
            「何悩んでるんですか姉さん!」 
             そしてまた喧騒に包まれる衛宮家の居間。 
             三つ巴どころか五つ巴の争いが始まりそうな中、とりあえず卒業後はコペンハーゲンでしばらく働いていようかな、とか一人漠然と考えていた。 
             
             
             
             
             
             
             
             そのころの藤村組。 
             良く手入れの施された庭を見ながら晩酌としゃれ込んでいた雷画のところに、藤村組若頭、井村重蔵(四十三歳、妻、娘二人)が駆けて来た。 
            「おやっさん、士郎さんのところが大変なようですが」 
            「いいことだ。若いうちから小さく纏まってちゃいけねえ」 
            「しかし、いいんですかい? あの……」 
            「井村」 
             なおも言葉を続けようとした井村の言葉を雷画の声が遮った。 
            「シロ坊は、こんなところで小さく纏まる奴じゃねえ。妾の一人や二人は甲斐性ってもんよ」 
            「はっ」 
             自分とは器の違う、自分たちをまとめる親の言葉に、井村はただうなずくことしかできなかった。 
             そんな姿を見て雷画は満足そうに微笑み、空になっていたグラスに酒を注ぎなおす。 
            「これでいいんだよな、切嗣……」 
             グラスを片手に夜空を見上げると、そこに見えるのはかつての親友。 
             詳しいことは聞かせてくれなかったし聞きもしなかったが、彼は雷画にとってかけがえのない親友であった。 
            「士郎は、きっとお前を越す男に育ててみせる」 
             そして空に映る切嗣と乾杯し、爆風にあおられて空飛ぶ士郎の姿を見ながらグラスの中身を一息に飲み干した。 
             
             
             
             
             
             
            
             
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