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              「あれ、ライダー?」 
 
 夕飯の食材を買いにマウント深山商店街にやってきたら、ライダーがいた。 
 んでもって、魚屋のおっちゃんに呼び止められてなんだか見慣れない人と話しはじめた。 
 いやまあ、それ自体は問題無い。 
 
「―――――――」 
「はい」 
「―――――――」 
「なるほど」 
「―――――――」 
            「ふむふむ」 
 
「……外国の人だよなあ」 
             そう。ライダーと話をしているのは外国人だった。 
             確かに遠坂の家の方なら外国人も結構住んでいるはずだけど、それでもそう言った人たちがこの商店街に来ることは珍しい。 
             近くにいる商店街の人たちの微妙な表情から見るに、何か聞かれたんだけど誰も英語がわからず、たまたま通りがかったライダーに救いを求めたってとこだろう。 
 まあ、考えてみると我が家にはセイバー、ライダー、それにイリヤと日本人じゃない人が結構多い。 
 普段はなんだかんだいってもお世話になっているし、こういう機会に助け合うのはいいことだと思う。 
 そんなことを考えている間に一通り聞き終わったらしく、ライダーは眼鏡の位置を直してから口を開く。 
「あー」 
 自分の発音を確かめるかのように声を出し、一息ついてから言葉を続ける。 
            「あいきゃんのーすぴーくいんぐりっしゅ」 
「話せないのかよっ!」 
 思わず突っ込んだ。 
 商店街の人たちの分もまとめて突っ込んだ。 
「ああ士郎、いいところにきてくれました。実はこの人が―――」 
「いや、見てたけど。ライダー、さっき相槌打ってたじゃないか」 
「何もする前にわからないと決め付けず、まず自分の身を持って確かめる。大切なことだと思います」 
「まあ、そりゃそうだけど……」 
「第一、この国の人たちはおかしい。外国の人間が全て英語を話せるわけではないのです。私の出身はギリシャなのだから、英語を話せなくても何らおかしいことはありません」 
「それはそうだけど」 
「何ですか」 
「さっきからその人が話してるの、英語じゃないぞ」 
「え?」 
 そう。横から聞いていたけど、明らかに英語ではなかった。 
 最近、セイバーに英語を教えてもらっているのでそれぐらいはわかる。 
 ちなみに、習ってる理由はと言うと遠坂に莫迦にされたからだ。 
『衛宮くん。あなたが魔術師を目指そうと魔術使いを目指そうと勝手だけど。英語ぐらい辞書無しで読めるようにならないと、写本だって読めないわよ?』 
 で、返す言葉もなかったのでセイバーに教えを請うことにした。 
 理由が理由だけに遠坂に頼むわけにもいかなかったし、藤ねえと自宅で勉強と言うのも何だかぴんと来ないし。 
 まあさておき、そんなわけでライダーが話していた相手の言葉は明らかに英語じゃない。 
 で、ライダーとそんなことを話しているとさっきの人が少し不安そうに声をかけてきた。 
「―――……」 
 あ、そうだ。 
 ライダーと話す前に、この人を何とかしないと。 
 さっきから置いてけぼり食らわせた形になってしまって、申し訳なくなってきた。 
 あんまり自信があるわけじゃないけど、まあそうとも言ってられない。 
 ここにいる人たちではどうしようもないのなら、ちょっとでも可能性がある俺がやるべきだろう。 
 緊張した心を落ち着けるために軽く一度深呼吸をして、話し掛けてみる。 
「Sorry―――Can you speak English?」 
「A Little」 
 良かった。何とか通じたっぽい。 
 まだ発音とかは不安だったんだけど、ゆっくりなら何とか会話も出来そうだ。 
 
 
 
 
 十分後。 
 お互い片言だったので苦戦したが、それでも何とか意思の疎通に成功した。 
 なんでも、友人の家から散歩してきたんだけど気がついたら帰り道がわからなくなってしまったということだった。 
 まあそれなら、ということで俺とライダーで途中まで案内してみたところその友人と再会できたので、こっちに何度も礼をしながら去っていった。 
かくして一件落着、めでたしめでたし……なんだけど。 
 ひとつ気になることがあった。 
「ライダー」 
「は、はい?」 
「いや、そんなに驚かなくても」 
「すみません。まさか士郎が英語をここまで操れるとは思いませんでしたので―――」 
「いやまあ、それはいいんだけど」 
「それで、なんでしょうか」 
「さっきこの人が話してたの、ギリシャ語だったらしいんだけど」 
「……」 
「『同郷のような気がしたので、ギリシャ語で話し掛けた』って……」 
「……」 
「ライダー、ひょっとして……わからなかった?」 
 責めるわけじゃないが、ちょっと気になったので聞いてみた。 
 ただ単に、まあ言ってみれば興味本位みたいな部分もあったんだけど聞いてみたら、ライダーはうつむいたままこくりとうなずいた。 
「でもライダー、さっき『私の出身はギリシャなのだから』って」 
「確かに、私はギリシャ神話に伝わるメデューサです。しかし英霊として召喚された存在であり、この冬木での聖杯戦争を戦うために必要となる知識は持った状態で呼び出されます」 
「ああ、それは知ってる。だからライダーは日本語をしゃべれるんだろ?」 
そう。 
 それは聖杯戦争で召喚されたサーヴァントの全てに言えることであり、イギリスのセイバー、アイルランドのランサー、それにアラビアのアサシンも問題なく日本語で意思の疎通をとっていた。 
            「はい、その通りです。そしてそれとは逆に、聖杯戦争と関係のない知識は持っていません。皆無とは言いませんが、かなり制限されています」 
 まあ確かにこの町で聖杯戦争をする際にギリシャ語が役に立つとは思えない。 
 それは理解できた。 
「でも、それなら最初から『わからない』って言えばいいじゃないか」 
 そう、それだけの話だ。 
 商店街の人たちだって、ライダーがギリシャ語を話せなくても別に責めたりはしないはずだ。 
 普段のライダーのイメージだと『申し訳ありません。この方の言葉はわかりません』とか言って済ませそうな気がする。 
 そんな風に思って聞いてみると、ライダーはうつむいたままで答えた。 
「―――からです」 
「え?」 
「士郎が、いたからです」 
「いや、えーと」 
 わからない。 
 そこでどうして俺の名前が出てくるのかがわからない。 
 俺がそんなことを考えながらオロオロしていると、ライダーはゆっくりと顔を上げて言葉を続けてくれた。 
「確かに士郎はそのようなことで私を軽んじたりするような人では無い。それは理解しています」 
「うん、その通りだ」 
 そもそもギリシャ語なんて俺にもわからないし。さっきの人が英語知らなかったら完全にアウトだった。 
「しかし、今の衛宮家にいる人々の中で日本語しかわからないのは、私だけなのです」 
 そういやそうか。 
 遠坂はついこの間までロンドンで生活していたし、それ以外に何ヶ国語か話せるらしい。 
 桜も呪文の詠唱がドイツ語をベースにしているらしくて少しは話せるみたいだし、イリヤはそもそもドイツ語が母国語だ。 
 藤ねえはあれで英語教師だし、セイバーも…… 
「あれ? セイバーはなんで英語しゃべれるんだ?」 
「セイバーは少々他の英霊とは異なる事情があるそうです。詳しいことはイリヤスフィールにでも確認してください」 
「ああ、うん」 
 そうだ。セイバーのことは気になるが、今はライダーだ。 
 理由は今ひとつ理解しきれないが、ライダーが俺の目の前で悲しそうにしている。 
 切嗣にそう教えられたからとかそういうこと抜きに、放っておいてはいけないと思う。 
「ライダー」 
「……はい」 
 そうだ。少なくとも、俺はライダーが悲しそうにしている姿は見たくない。 
「とりあえず、みんな外国語を話せるのに自分だけ話せないってのが恥かしかったんだろ?」 
「…はい」 
「じゃあさ。ライダーもこれから覚えればいいじゃないか」 
「……え?」 
 俺の提案に、ライダーはなんだか意外そうな顔をしている。 
「さっきは何とかなったけど、俺だって英語は習っているところだし。ギリシャ語は無理かもしれないけど、英語なら今から勉強できるだろうし」 
 うん。正直なところ思いつきで言い出したことだけど、言ってみるといい案な気がしてきた。 
「ライダーは今知らないだけだし、ちょっと勉強すれば俺よりうまく喋れるようになるよ」 
 言っててちょっと悲しい気もしてきたが、まあそれは事実だと思う。 
 なんたってライダーは英霊なんだし。 
 同じ努力をすれば、俺なんか敵わなくなるのは当然のことだと思う。 
 そんなことを思いつつ、ライダーの反応を待つ。 
 俺としてはいい案だと思うんだけど、最終的にはライダーの判断だ。 
 無理強いするわけにも行かないし、ひょっとして余計なお世話なのかもしれない。 
 だから急かしたりせず、ライダーの答えを待つ。 
 ライダーは少し考え込んでいたようだけど、やがてなにか思いついたようで俺に答えを返してくれた。 
「……それでは、ひとつ頼みがあるのですが」 
「ん?」 
「ある程度喋れるようになるまで、サクラたちには秘密にしておきたいのです」 
「別にいいけど……そうすると、教えてもらう相手が」 
「士郎にお願いできないでしょうか」 
「え?」 
「嫌……ですか?」 
「ああ、いやそんなことはないけど。さっきも言った通り俺だって教えられてる最中なんだから、どうせ教わるならセイバーとかのほうが」 
「はい。いずれはお願いしたいと思いますが、正直なところ今は何一つわかりません。セイバーたちに教えを請う前にある程度の基礎を身につけておきたいのです」 
 まあ、ライダーの言うことも判る。 
 俺は一応中学高校と英語の授業があったけど、ライダーにはそれがない。 
 そんな基礎から教えを請うというのは恥かしいのかもしれない。 
「よし、わかった」 
「本当ですか?」 
「ああ。俺も復習になるし……でも、正直あんまり優秀な教師ってわけにはいかないと思うけど」 
「いいえ、よろしくおねがいします」 
「よし、これに関してはみんなには内緒にしとこうか」 
「そうですね。私と士郎だけの秘密ということで」 
 そう言うライダーは、本当に嬉しそうな、笑顔だった。 
 その笑顔が自分に向けられていると思うだけで、頬が赤くなるのが判る。 
 
『女の子は泣かせちゃいけないよ』 
 うん。 
 最近疑わしくなってきていた切嗣だけど、少なくともその言葉はだけ真実だと理解できた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
えぴろーぐ 
 
 夕食の片付けも終わり、なんとなくのんびりとした空気が漂う衛宮家の居間。 
 食器洗いを終えた桜が台所から戻ってくると、ライダーがテレビを見ていた。 
 他の面々は部屋に戻ったのだろう。 
 そして、ライダーが見ている番組はといえば時代劇で、ちょうど最後のチャンバラが始まるところなのだがライダーがすっくと立ち上がった。 
「ライダー、どうしたの?」 
 なんとなく桜がそう声をかけると、ライダーはいつもの調子で答えを返す。 
「ええ。ちょっと土蔵に行ってきます」 
「土蔵に何かあるの?」 
「士郎を待たせていますので」 
 
 ぴしっ。 
 
 ライダーがそう言った瞬間、のんびりとした空気が変質した。 
 もっと詳しく言うと、『士郎』の『士』の字を発音したところで空気が緊張した。 
 そう。その空気はまぎれもなく戦いの前の張り詰めた空気。 
             しかしまあ、こんな空気は珍しくも無い。全国的にはどうか知らないけど、衛宮家ではわりと日常茶飯事。 
 だからすぐに戦いに発展したりはしない。 
 まずは状況判断。 
 そんなわけで、桜はもう一度自らのサーヴァントに問いかける。 
「ライダー。土蔵で先輩となにをするつもりなのかしら?」 
「申し訳ありません。いくらサクラであろうとも、それを話すわけにはいきません。それでは」 
 ライダーは自らのマスターにそう告げて、まさに疾風のような速度で土蔵に向けて走り去った。 
「ライダー!!」 
 一瞬後に叫ぶのと、土蔵の扉が重い音をたてて閉じるのは同時だった。 
「ライダー、最近大人しいと思ったらまたしょうこりもなく!」 
 言いながらダッシュ。 
 こんなこともあろうかと縁側においてあるサンダルを突っかけ、土蔵の前に到着する。 
 そしてその扉に手をかけ、大きく開――― 
 
 がつっ 
 
 開かなかった。 
「結界!? あの子はまた!」 
 
 がつっがつっがつっがつっ 
 
 何度引っ張ってみても開かなかった。 
「これで諦めると思ったら大間違いよっ!!」 
 そう叫ぶと、桜は土蔵の裏に回り――― 
 バールを持ってきた。 
「扉が開かないなら、破壊するまで!!」 
 愛する人を守るため、そして悪い子にお仕置きをするために、そんでまあついでにいい機会だから士郎と色々するために、桜は結界に対して孤独な戦いを開始した。 
 
 ばこっ! ばこっ! ばこっ! 
 
 ちなみに、バールより魔術の方が効果的であると気づくのは、そろそろ腕が痛くなってくる三十分後のことである。 
             
             
             
 
 
「それではよろしくお願いします」 
「うん。それじゃあとりあえず単語からかな」 
 俺はそう言って用意した荷物の中からテキストを取り出した。 
 真夏ではあるけれど、土蔵の中は空気がひんやりとしていて過ごしやすい。 
「でも、今日は静かだなあ。蝉の声も聞こえない」 
「静かな方が集中できていいじゃないですか」 
「よし、それじゃこっちも気合入れるか」 
「はい。それでは」 
 そう言って俺はテキストを広げ、ライダーも席につく。 
「いやライダー、別にここに座らなくても」 
「近いほうが発音などがよく聞こえますので」 
「まあそりゃそうかも知らないけど」 
「よろしくお願いします」 
「ああ、それじゃあ……ってそんな密着されるとちょっと」 
「申し訳ありません。薄暗いもので」 
「そうだな。次はもう少し照明のことも考えておくよ」 
「はい。それではよろしくお願いします」 
「いやだからそんなぴったりくっつく必要は」 
「よろしくお願いします」 
 
 
 
 
 
 東の空が白み始めるころ、色々試してみたが結界を破壊することはできなかったので、背に腹は変えられないとばかりに凛の手を借りて土蔵の結界を突破し、土蔵の中を見てまたもう一騒ぎするのは別な話。 
 
「ライダー、あなたはまた!」 
「すみませんサクラ。若い二人はムードに弱いのです」 
            「衛宮くん、何があったのか説明してくれるかしらー?」 
「いやその、これは」 
 
             別の話ったら別の話。 
             
             
             
             
            
             
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