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               最近の衛宮家は大所帯である。 
 
 衛宮家に住んでいるのが六人。毎日のようにやってくる藤村大河を入れれば七人。 
 女が三人よれば姦しいと言うが、衛宮家は七人。 
 男である士郎を数から外してもまだ六人。 
 まあ言ってみれば姦姦しいとでもいうのだろうか。とても騒がしい。 
 それは日常生活で発せられる様々な音だったり、何かが吹き飛ぶ音だったり崩れ落ちる音だったり粉々に砕け散る音だったりするが、とりあえず五月蝿い。 
 衛宮家に住む人たちは隣近所や商店街でも人気者なので苦情を言われたりすることは無いが、それはそれとして五月蝿い事実に変わりは無い。 
             
             でもまあ、四六時中騒がしいわけではない。 
 もちろんそれは寝ている時間とか言うことではなく―――っていうか実は夜も騒がしかったりするのだが―――昼間である。 
 それも平日の昼間。 
 ぶっちゃけて言うと衛宮士郎と間桐桜が学校に行ってる間。 
 
 あの聖杯戦争が終わった後、士郎はなんだかんだで一年学校に通えなかった。 
 そんなわけで今は桜と一緒に高校三年生である。 
 凛とイリヤの魔女っ娘コンビは「今更学校なんか通わなくてもいいじゃない」とか思うのだが、それを言葉にすると衛宮家に生息する暴れ虎が吼え猛るのでしゃべらない。 
 もし暴れ虎をなんとかしても、またクスクス笑ってゴーゴーとか言う事態になりそうなので決して言葉にはしない。 
 でも一応こっそり二人で士郎に聞いてみたのだが、「俺、せっかくだから高校は卒業したい」と言っていたのでその話は終わった。 
 まあ、士郎本人が行きたいというのならば止める必要はない。 
 そんなわけで士郎は桜と一緒に学校に通っている。 
             
 さておき。 
 士郎と桜が学校に行っている間、他の面々が何をしているのかというと。 
 藤ねえこと藤村大河は、士郎と桜の担任なので学校に。 
 去年、凛を始めとする三年生を担当した藤ねえは、なんで翌年も三年生の担任をしているのかは穂群原七不思議の一つである。 
 その件について深入りする場合、それ相応の力が必要なので注意。 
 人間が虎に勝つには気が遠くなりそうな修練が必要である。 
 
 次に、凛。 
 高校を卒業した凛が学校に行くわけには行かない。 
 そんなわけで、最近は遠坂邸で魔術の研究に勤しんでいる。 
 目下のところ、反則気味の魔力量を誇る実の妹を抑えるための技術を日夜研究中である。 
 とりあえず手っ取り早いところで宝石剣とか。 
 ついでに、イリヤはと言うと。 
 実は凛と一緒に遠坂邸に行っていたりする。 
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンもまた魔術師である。 
 トオサカの秘法である第二魔法の再現―――宝石剣の精製については興味がある。 
 普通に考えてみれば自分の家系に伝わる秘法の研究を、他の魔術師に手伝わせるなどと言うことは言語道断だ。 
 むしろ秘法が何なのかすら知られないよう、万が一知られてしまった場合その魔術師を殺すことで口を封じることが常である。 
 でもまあ、それも今更だ。 
 聖杯戦争の時に宝石剣を再現するためにイリヤの記憶をたどり、士郎が投影魔術でそれを創り出し、凛がそれを制御したのだ。 
 今更このメンツで秘密も何も在ったものではない。 
 だから凛とイリヤは、今日も宝石剣の製作のために研究を続ける。 
 
 さて、残るは二体のサーヴァント。 
 剣の騎士であるセイバーと、騎乗兵であるライダー。 
             そのうち一人、セイバーはというと、道場で修練に勤しんでいた。 
 
 
            
            
  
             
             
             静寂に包まれた道場の中、竹刀が空気を切り裂く音と、踏み込みの音だけが鳴り響く。 
             日課にしている一通りの鍛錬を終え、瞑想で心を落ち着けてから道場を出て、居間へと向かう。 
             私が鍛錬をしていることを知ったシロウは『聖杯戦争が終わったんだからもっと楽に構えていてもいいんだぞ』などと言っているが、そう言うわけにも行かない。 
             確かに聖杯戦争が終わった今、差し迫った危機はない。 
             しかしこの身はシロウの剣となり楯となることを誓った身だ。 
             
             そして何より、私はブリテンの王。 
             アルトリア・ペンドラゴンだ。 
             国を滅ぼした不出来な王ではあるが、それから千年以上の時を経た現在でも私と円卓の騎士たちの戦いは語り継がれている。 
             志半ばに破れ、国を滅ぼした私が遠く離れたこの国でも『英雄』として語り継がれている。 
             シロウたちとともに生きることを決めた私には、過去を改変することなどできない。 
             ならばせめて、人々の思い描く英雄『アーサー王』の名を汚さぬようにしたいと思う。 
             そう、少なくとも。 
            「ライダー。することがないのであれば、鍛錬でもしてみてはいかがですか」 
             少なくとも、Tシャツとジーンズと言うラフな格好で麦茶を飲みながら「堪忍袋の緒が切れた 父の葬式で実弟と修羅場」などと刺激的なテロップが踊るテレビに釘づけになるような生活をしたいとは思わない。 
             ついでに言うならライダーが座っている場所には恐らく凛か桜の持ち物であろう漫画が積み上げられている。 
            「あなたもサーヴァントならば鍛錬ぐらいすればどうです」 
             ライダーに話を聞く気がないことは明らかだが、テレビとライダーの間に座ってもう一度そう繰り返すと、いかにもめんどくさそうに言葉を返してくる。 
            「セイバー、昨日も士郎に言われていたではないですか。平和になったんだから、戦い以外のことにも目を向けるべきだと」 
            「私はシロウの剣となり楯となることを誓った身だ。シロウたちの好意に甘えて昼日中からだらけて過ごす怠惰な人間になるつもりはない」 
             ライダーは自分の意見を曲げるつもりは無いようだし、私も意見を曲げるつもりはない。 
             互いの視線が交わるが、その視線を逸らそうとはしない。 
             まるで凍りついたかのように空気が緊張していいく。 
            「セイバー。元は王であった貴女と言えども、この家では一介の居候に過ぎない。家主である士郎の意見は尊重するべきだと思うのですが」 
            「居候なればこそ、家主のために自らを磨くことは大切でしょう。少なくとも、日がな一日テレビを見て無為に過ごすよりははるかに有意義です」 
            「家主のことを考えると言うのならば、食事量をもう少し考えてみてはいかがですか。この国には『居候、三杯目にはそっと出し』という言葉があるそうですが、貴女はタイガに負けない勢いで食べつづけて。士郎とサクラが家計簿を見て青くなっているのを知らないとは言わせませんよ?」 
            「なっ……! し、しかしシロウたちが丹精を込めて作ってくれた料理です。遠慮し過ぎることは正しいとは言えない」 
            「ええ。しかしそれにも限度はあります。貴女やタイガは士郎たちの数倍は食べている。どう考えても過剰に摂取しているとしか思えません」 
            「それはその、シロウたちが作る料理は美味で……というかライダー。『居候は云々』言うのであれば、居候なのに家事を手伝おうともしない貴女にも問題があると思うのですが」 
             そう。私は士郎たちが留守の間の掃除を任せられている。 
             シロウやサクラが定期的に掃除をしているのであまり汚れてはいませんが、毎日の雑巾がけを欠かしたことはありません。 
            「『働かざるもの食うべからず』という言葉があるとも聞きます。居候であるのに働こうとしない貴女が士郎の料理を食べようと言うのは考えが甘すぎる。 
             完璧な反論。 
             私が見る限り家の仕事を何一つしていないライダーは返す言葉も無いはずです。 
             だと言うのに。 
             私の向かいに座るライダーは余裕のある笑みを浮かべ、私の問いに言葉を返した。 
            「セイバー、表札は見たでしょう。今の私の名前は『衛宮ライダー』。居候などではなく、同じ衛宮の姓を持つことを許された、士郎の家族なのです」 
            「くっ!」 
             うろたえる私を見て、ライダーは少し誇らしげに微笑んでから部屋の隅にいる猫を呼び寄せた。 
            「そしてこの子が『衛宮タイガー』。つまり貴女は、この家においては飼い猫より下の存在なのです!」 
             にゃあお、と。 
             虎縞の猫は気のせいか誇らしげにそう一声鳴いた。 
             そう、確かに表札は見た。 
             あれほど立派なものであれば気づかずにいることのほうが困難と言うものだろう。 
             表札と言うにはあまりに巨大過ぎる、まるでどこか道場の看板のような板には「衛宮士郎、衛宮ライダー、衛宮タイガー」と記されていた。 
             どうしてこういう状況になったのか、さっぱりわからなかったので桜に聞いてみようかとも思ったのだが、嫌な予感がしたのでやめた。 
             セイバーを最高のサーヴァントたらしめた直感。予知能力とすらいえるその能力が『その件には触れるな』と告げていた。 
             さておき。 
             どういう理由なのかは知らないが、ライダーは『衛宮ライダー』らしい。 
             この家の家主である衛宮士郎と同じ姓を持つ、衛宮士郎の家族。 
             どうしてだろう。シロウとライダーが同じ苗字だと言うだけで心が酷く落ち着かない。 そんな動揺を感じ取ったのか、ライダーはすっくと立ち上がり、こちらに向けて指を突きつけて高らかに宣言する。 
            「従って『居候』ではなく『家族』である私とこの子は三杯目を食べる時でも遠慮する必要はないのです!」 
             もう言うことは無いということか、ライダーはそれだけ言うとじっとこちらの反応を待っている。 
             確かにこの家において衛宮士郎と同じ姓を持つと言うことはかなりのアドバンテージになるだろう。 
             だが、しかし。 
            「しかしライダー、『働かざるもの食うべからず』という言葉には家族も居候も関係ないのでは?」 
            「くっ……」 
             盲点を疲れたのか、苦悶の表情を浮かべるライダー。 
             確かにライダーはシロウと同じ姓を持っている。しかし、シロウと桜がいない家を守り、その清潔さを保っているのはこの私だ。 
             共に、一勝一敗。 
             思い返してみると、聖杯戦争の時の戦いも一勝一敗。 
             やはり、私とライダーは相容れない存在なのだろうか。 
             互いに決め手を失い、再び無言での睨み合いに移行する。 
             ライダーは立ったまま私を見下ろし、私は座ったまま睨みつける。 
            「……このまま仲良く『引き分け』というわけにはいきませんね」 
            「はい。私には譲れない誓いがあり、騎士としての誇りがある。ここで引くわけには行かない」 
             私の言葉を聞くと、ライダーは一度眼をつぶってすぅ、と息を吸い込んだ。 
             そして息を吐きながら再び開いたその眼はマザコン夫と過保護な姑の問題を見ながらお茶を飲んでいた衛宮ライダーではなく、私の前に立ちふさがったことのある、紛れもないライダー―――全サーヴァント中最強の宝具を持つと言われる騎乗兵、ライダーの本気の眼。 
             私もライダーも、魔力の貯蔵は十分。 
             今の魔力量であればライダーの宝具であろうと迎撃できる自信はあるが、こんな場所で宝具を展開することはできない。 
             それはライダーも同じこと。 
             ならば、私の剣技とライダーの速度の戦いになるだろう。 
            「戦う、と言うのですか。ライダー」 
            「はい。果たしてどちらが衛宮家に―――士郎にとって必要な存在か。決着をつける必要があります」 
             淡々と。 
             ただ事実を告げている、といった風のライダーの言葉に答えて私は魔力を展開し、白銀の鎧を具現化する。 
             そして、右手には風王結界を――― 
            「何をしているのですかセイバー」 
             具現化させたところでライダーがそんなことを言ってきた。 
             その表情はなんというか、『何考えてるんですかこの小娘は。ちょっとはものを考えなさい』と言いたそうに見える。しかも今にも鼻で笑いそう。 
             なんというか、とても腹が立つ。 
            「『戦う』と言ったのは貴女です、ライダー。まさかここに来て怖気づいたわけでもないでしょう」 
             苛立ちを隠し切れず―――いや、隠そうともせずライダーにそう問いかけるが、ライダーはあくまで調子をかえずに答えを返す。 
            「今まで何を聞いていたのですかセイバー。ここで剣を交えたところで何にもなりません」 
            「では、どのように勝負をするというのですか」 
            「これです」 
             そう言ってライダーが屈みこみ、手に持ったものは一冊の書物。 
            「それは……」 
            「ええ、少女漫画です。桜から貰いました」 
            「馬鹿にしているのですか。私とて少女漫画が何かということぐらいは知っている。それがどうしたと言うのです」 
             ライダーの意図がつかめずにそう言うと、ライダーはページをめくり、やがてその手を止める。 
            「このページです」 
            「何だというのですか」 
             ライダーに促されるままにそれを覗き込むと、登場人物―――恐らくは主人公であろう少女が台所に立って何かを作っていた。 
             
            『祥司くん、喜んでくれるかなあ』 
            『大丈夫よ。なんだかんだ言っても手作り料理はポイント高いもんなんだから』 
            『でも……』 
            『アイツ、いっつもパンか学食じゃない。きっとこういうのに弱いって!』 
             
            「つまり―――」 
            「ええ、料理勝負です」 
             料理勝負。 
             聞いたことがある。 
             互いに技術の粋を尽くし、美味い料理を作ったほうが勝ちと言う単純明快な勝負方法。 
             確かに、この衛宮家での争いにはふさわしいとも言える。 
             シロウと凛、そして桜も切磋琢磨しあい、その料理の腕は着実の上達している。 
             しかし、私は――― 
            「いつもいつも食っちゃねしてばかりの貴女には荷が重いかもしれませんが」 
            「っ! ライダー、それは貴女とて同じことでしょう!」 
             そう。私は士郎たちのような料理技術を持ってはいない。 
             サーヴァントになってからは戦いを続ける日々であったし、かと言って生前の料理は―――思い出したくない。 
             あれを『料理』と呼ぶのは料理に対する冒涜ではないだろうか、と最近思い始めた。 
             しかし、それは私だけではないはずだ。 
             ライダーとてサーヴァントになってから料理をした経験はないだろうし、生前は―――生前料理をしたという話も聞いたことがない。 
             それを確信しての指摘だったのだが、ライダーはそれを想定していたのか余裕たっぷりの表情で笑みを浮かべ、答えを返してきた。 
            「見くびらないで欲しい。私は士郎から料理を学んだ経験があります」 
            「くっ! いつの間に……!」 
            「聖杯戦争が終わってから貴女が再召喚されるまでに一年間。それだけの時があればそう言う機会もあります」 
             ショックを受ける私を前に、そう言った後にまた言葉を続ける。 
            「自信がなく、恥をかきたくないというのであれば棄権していただいても結構ですが?」 
            「―――っ! 私に『逃げろ』というのですかライダー!」 
            「では、勝負をするということで構いませんね?」 
            「その勝負受けて立ちましょう。条件は―――」 
            「食材、メニューは自由。今日の夕食までにどちらが士郎の喜ぶ料理を作れるか、という条件ではどうでしょうか」 
            「受けて立ちましょう。我が誇りにかけて」 
            「では、私はこの髪にかけて。それでは」 
             ライダーの言葉に答え、私も立ち上がる。 
             そしてまた互いの顔をしっかりと見据え、同時に口を開く。 
             
             
             
            「「料理、開始(クッキング・スタート)―――」」 
             
             
             
            そして、戦いの幕が開かれた。 
             
             
             
             
             後編に続く 
             
            
             
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