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               今日も今日とて、衛宮家は平和であった。 
 
どこーん 
 
 爆音と、それに続いて破壊音が聞こえたりしたが人死には出てないので平和であった。 
 近所の奥様方も「あらまあ、今日も衛宮さんちはにぎやかねえ」と微笑ましく井戸端会議を続けている。自分の身に降りかからない騒動は見ていて楽しいものだ。 
 
 まあ、毎回巻き込まれる人間にしたらたまったものではないが。 
 
「では士郎と買い出しに行くのは私と言うことで」 
 そう言ってライダーは立ち去り、庭に出来上がった小さなクレーターの中では二人の女性が倒れ伏していた。 
 
「ま、待ちなさいライダー……」 
「桜、あなたのサーヴァントなんだからもうちょっと何とかしなさいよ……」 
「姉さんこそ、ロンドンまで行って何をしてきたんですか。あれだけ宝石ばら撒いて勝てないなんて……」 
「あなたもね。聖杯から引き出した魔力があるのに全然活かせてないし。毎回力押しで勝負して無様に負けてるんだから、いい加減他の手段考えなさいよ」 
 それだけ言うと二人は同時に立ち上がり、そしてまた同時ににっこりと微笑んだ。 
 そしてそのままライトクロス。 
 第二ラウンドの始まりであった。 
 
 
             
             
 
「……まあ、ここでいがみ合っていてもしょうがないわけよね」 
「そうですね。わたしたちは魔術師なんですから、まず冷静になって物事を考えないと」 
 数分後、衛宮家の居間で二人−遠坂凛と間桐桜はお茶を飲みながら同意した。 
 ちなみに、クレーターは修復してボロボロになった服も着替えた。 
 あのあと激戦を繰り広げトリプルクロスまで飛び出た後に組み付きからバーリトゥードっていうかつまり子供の喧嘩にまで進展した争いの傷もすっかり隠されている。 
 魔術って便利。 
「まず、現状の確認ね。ライダーは明らかに士郎を自分のものにしようとしている」 
「そして姉さんも、ですね」 
 じとっと、比喩でなく多少の呪詛を含んだ言葉を聞いて一瞬ひるんだが、凛は気にせず答えを返した。 
「ええ、ここまで来て隠す気も無いわ。わたしは士郎を手に入れるためにロンドンから戻って来た。これで満足かしら?」 
「……はい。でも、いくら姉さん相手でも先輩を譲る気はありませんから」 
「わかってるわよ。わたしもお情けで譲ってもらっても嬉しくないし」 
 そう言ってまた不敵に微笑合う姉妹。 
 それだけで周囲の空気は重くなり、庭にいた鳥たちはいっせいに飛び立って行った。 
 でも、この家の飼い猫であるところのタイガーは大きく欠伸をして縁側でまどろんでいる。慣れって偉大。 
「まあ、姉さんがそういう人だってことはわかってましたから。それより今は―――」 
「ライダーね」 
「ええ。確かにライダーがわたしのサーヴァントですけど、令呪で縛りつけてるわけじゃありませんから」 
 そう。ライダーが聖杯戦争終結後も衛宮家に間桐桜のサーヴァントとして残っているのは、言ってみればライダーの好意の賜物である。 
 いやなんか最近他の理由が見え隠れし始めたっていうか隠れてもいない気はするが。 
 ライダー。 
 聖杯戦争に勝つために呼び出された桜のサーヴァント。 
 その真名はメデューサ―――その美貌で海神ポセイドンをさえ魅了して、それが原因でその身に呪いを受けたギリシャ神話に伝わる存在。 
 呼び出されたその姿は神話に違わぬ美貌と抜群のプロポーション。 
 さらに、女神にすら嫉妬されたという美しい髪と、宝石のような美しい瞳。 
 まあ瞳はあんまり見てると石にされるので注意が必要だが。 
             衛宮士郎を巡って対立するにはそれだけでも十分すぎる強敵だというのに、サーヴァントとしての能力を失っていないので宝具やら石化の魔眼やら怪力やらペガサス騎乗やらと戦ってみても勝てる可能性は限りなく低い。 
 男を巡った争いで戦闘力を気にするのはどうかと思うが、そんな事は知らない。 
 遠坂凛も間桐桜も魔術師なので、自分の欲しいものを手に入れるのに手段を選ぶ気は無い。 
 それに、あれだ。まああらゆる分野で対等になってから争いが始まるとかそんな感じで。 
            「ライダーへの魔力の供給を最低レベルまで落とすって言うのは?」 
「もう試したんですけど……そうしたらライダー、先輩のところに行って『魔力の補給を手伝ってください』って」 
「……却下ね」 
 この場合の魔力補給がどんな方法をとるのか確かめるまでもない。 
 衛宮士郎は魔術を使えるかもしれないけど、魔術師と呼ぶのもおこがましいような半人前だ。 
 そんな彼から魔力を補給する方法って言えば吸血と……まあその、なんだ。あまり好ましい方法ではない。 
 士郎は喜ぶかもしれないけどだからこそ好ましい方法では無い。 
「そうすると、ライダーの戦力を落とそうとするのは難しいわね」 
「でも、こっちの戦力をあげようとしても……」 
 それこそ難しい。 
 少年漫画じゃないんだから、ちょっと特訓したらパワーアップとかそういうことは無いだろう。 
「―――ライダーに勝つ方法も無いわけじゃないんだけど……」 
「宝石剣ですか?」 
 宝石剣。 
 遠坂の大師父である魔道翁、ゼルレッチ・キシュア・シュバインオーグの宝具と言っても差し支えのない、第二魔法を持ってすればライダーの打倒は可能だろう。しかし――― 
「残念だけど。あれを作るには足りないものが多すぎるわ」 
 一時の投影ですら、あれだけ様々な特殊要素が必要だったのだ。 
 しかも今回はまさか士郎に『ライダーぶちのめすから宝石剣投影して♪』などと頼めるわけもなく、そうすると宝石剣を作成するしかない。 
 まあ確かに作るための技術はほぼ完璧に習得しているのだが――― 
「……お金がないんですね」 
「そこ! 哀れんだ目で見ない!」 
 そう。遠坂の魔術は宝石魔術。 
 その到達点たる宝石剣を作るためには相当な純度の宝石を大量に必要とする。 
 そんな宝石用意する時間も無いし資金もない。 
「なにか他にも手はあるはずよ。考えましょう」 
「はい」 
 そして二人はまた考えはじめた。 
 
 
            
            
  
             
             
             目覚めたら、見慣れない場所にいた。 
             いつも見慣れたわが家の天井ではなく、石造り……コンクリートか? 
             まあ、そんな感じの飾り気のない−殺風景と言った方がいい天井だった。 
             で、首をひねって周囲を確認するとこっちもまた同じような壁。 
             所々におかれた燭台以外には灯りもなく、変わったところといえば床になにか紋様が描かれていることぐらい、という部屋にいた。 
            「えーと」 
             まだ寝ぼけているのかはっきりとしない頭で昨日寝るまでの記憶をたどってみる。 
             今日は……確か朝起きてからライダーのバイクをいじっていた。 
             遠坂と桜は昨日から遠坂の家でなにかしてるらしく、うちには居なかった。 
             ライダーは雷画の爺さんと何か話していた。 
             で、食事は久しぶりに藤村組でご馳走になって、帰ってきてから日課の鍛錬を終えて部屋に戻って寝た。 
            「うん。やっぱりこんなところで寝た覚えは無いな」 
             とりあえず現状を把握しよう。 
             周囲を探るために起き……上がれない。 
             なんか縛り上げられている。 
             しかも、ござみたいなもので巻かれた後に縛り上げられている。俗に言う簀巻きって奴だろうか。 
            「ちょっと待て」 
             状況を整理しよう。 
             昨日は何事もなく一日を追えた。 
             自分の部屋の布団で寝た。 
             起きたら簀巻きにされてよく知らない部屋に転がされていた。 
             いや、最後の一行が全く繋がってない。 
             そんなことを考えていると部屋の一角にあった扉が開き、誰かが入ってきた。 
            「あ、もう起きたんだ」 
            「やっぱりか」 
             ある程度予想できたことだが、扉から入ってきたのは遠坂だった。 
            「遠坂。何のつもりかは知らないし知りたくもないけど、とりあえず解いてくれ」 
            「嫌」 
             即答された。 
            「……何でさ」 
            「だって解いたら衛宮くん逃げるでしょ?」 
            「いやまあそりゃ……」 
             時と場合による、と言おうと思いつつ周囲を見回すと、目が慣れてきたのか床に描かれてる紋様がはっきりと見えてきた。 
             部屋のほとんどの面積を使って描かれた円と直線の組み合わせと、あらゆるところに記されている魔術文字。 
             そして俺は、どうみても魔法陣っぽいその図形の中心に転がされていた。 
             俺だって魔術に関わる身だ。この状況が何を意味するのかぐらい想像がつく。 
            「……生贄?」 
            「うん。大体そんな感じ」 
            「……」 
            「……」 
            「逃がせーっ!!!!!」 
             言って身をよじる。のたうつ。暴れる。 
             しかしロープは緩む気配すら見せない。 
             でも諦めるわけにはいかない。 
            「こら。ちょっと落ち着きなさいよ」 
            「どこの世界に生贄にされて落ち着く人間が居るかっ! 誰かっ! 桜―っ!!!」 
             赤いあくまの魔の手から逃れようともがきまくり、助けを求める叫びを上げる。 
             男としてどうよって気もするが、恥も外聞もなく助けを求め―――― 
            「はい」 
             助けを求めたら返事があった。 
             気のせいか結構近くから。 
            「……桜?」 
            「はい。ここにいます」 
             そう言って桜は現れた。 
             どこからって言うと遠坂の後ろから。 
             そして遠坂の横に並んで俺を見下ろしている。 
             嗚呼―――――― 
            「神は死んだ」 
            「何言ってんのよまったく」 
             俺の絶望のため息も赤いあくまにさくっと流された。 
            「姉さんが悪ふざけするからですよ。先輩、本気で脅えちゃってるじゃないですか」 
            「いいのよ。士郎だし」 
             なんか酷いこと言われてる気がするけど、これはひょっとしたら 
            「えーと」 
            「冗談よ冗談。ちょっと手伝ってもらうけど、さすがに生贄にしたりはしないわよ」 
            「そうですよ。生贄にする時はしっかり意識奪ってからにしますから」 
            「桜、なんか言ったか?」 
            「いえ何も。そんなことより、姉さんの説明を聞いて下さい」 
            「あ、ああ。それじゃ遠坂、頼む」 
             俺がそう言うと、遠坂は一度深呼吸してからはっきりとした口調で言った。 
            「今から、サーヴァントを召喚するわ」 
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             ちょっと待て。なんだか今トンデモナイことを聞いたような気がする。 
            「……えーと?」 
            「何度も言わせないで。今からわたし−いいえ、わたしたちはサーヴァントを召喚するのよ」 
             サーヴァントを召喚する。 
             もちろんその意味がわからないと言うわけではない。 
             なんだかんだ言っても俺も聖杯戦争には参加したんだから。 
            「何で―――」 
            「理由は後で」 
            「いや、それでも。サーヴァント召喚って―――」 
             そう。 
             サーヴァントは本来人間ごときには制御できないほどの英霊であり、それを召喚して使い魔にするためには様々な要素が必要となる。 
            「そうね。サーヴァントを召喚するには聖杯の助けが必要」 
             その通りだ。 
             いくら遠坂が天才だからって、聖杯の助けも無しに――― 
            「あ」 
            「気づいたみたいね」 
             俺が声を上げると、桜はこっちを向いてにっこりと微笑んだ。 
             そうだ。桜は今も聖杯と繋がっている。 
             刻印虫が滅び、アンリ・マユから解放された今でも桜の中には聖杯からのパスは通っている。 
            「聖杯そのものがあるわけじゃないけど、桜のアシストを受けながらだったら儀式は行えるはずよ」 
             遠坂は自信たっぷりでそう宣言する。 
            「でもちょっと待て。サーヴァントって聖杯を手に入れるために召喚されるんだろ? もし召喚に成功したとしても、聖杯がなければ言うこと聞いてくれないんじゃないのか?」 
            「ええ、普通はそうね」 
            「『普通は』って……」 
            「わたしの知る限りでただ一人、わたしたちに召喚されてそれに応じる英霊が居るわ。しかも、その英霊に縁のあるものも用意できている」 
             ふふん、と。 
             遠坂は悪戯っぽく微笑んでそう言った。 
            「? でもこの部屋にはそんな品物なんてないじゃないか」 
             さっき確認したとおり、部屋の中には燭台ぐらいしかない。 
             そう言う俺の言葉を聞いて遠坂はまた楽しそうに笑い、俺を指差した。 
            「? 何さ」 
            「あなたよ」 
            「……え?」 
            「エミヤシロウ自身が召喚のための触媒になるのよ」 
            「それって……」 
             俺と関わりのある英霊って言えば。 
            「ええ。あなたを守ると誓いながらもそれを果たすことの出来なかった英霊。セイバーを召喚するわ」 
             遠坂のその言葉を聞いた瞬間、忘れていた―――いや、忘れようとしていた記憶が蘇る。 
             セイバー。 
             聖杯戦争の時、俺のもとに現れたサーヴァント。 
             彼女は俺とともに戦うと誓い、俺も彼女を守ると誓った。 
             でもあの聖杯戦争では、間桐臓硯の手でゆがめられた聖杯戦争の中で彼女はアンリ・マユに飲み込まれて、そして――― 
            「何よそんな顔して。会いたくないの?」 
            「だって、最後は俺が殺したんだから」 
             そう。俺を守ると約束してくれた少女を俺は殺した。 
             例えどんな事情があったとしても許されることじゃない。 
            「ええ、そうね」 
             遠坂はそう答え、そしてにっこりと笑って言葉を続ける。 
            「だから、直接会って謝りなさい。桜と一緒にね」 
             あ。 
             言われて気づいて桜の方を見る。 
             桜も俺のほうを見つめ返し、こくりとうなずいた。 
            「アンリ・マユが原因とはいえ、桜はセイバーを士郎の手から奪って士郎を襲わせた。士郎は桜を助けるためにセイバーを殺した。セイバーは騎士の誓いを破って主であった士郎に剣を向けた。三人とも悪いんだから、三人で謝りあえばすっきりするじゃない」 
             そして遠坂はまた笑う。 
            「それでも納得できないなら、あとは三人で話し合いなさい。まずは会ってからよ」 
             そう言って遠坂は手にしたナイフで俺のロープを切り、高らかに宣言する。 
            「じゃあ、儀式をはじめるわよ」 
             そして遠坂は準備を始める。 
             俺と桜が否定するなんてことがないと確信したように。 
            「先輩、始めましょう」 
            「……桜、いいのか?」 
            「はい。姉さんの言う通りだと思いますから」 
            「……じゃあ、二人で仲良く謝ろうか」 
            「はいっ!」 
             そして、儀式は始まった。 
             
             
            
            
  
             
             
            「じゃあ、桜は反対側に。わたしが詠唱を始めたら陣に魔力を注ぎ込んで」 
            「はい」 
            「士郎は陣の中心に。できるだけリラックスして、セイバーのことを考えて」 
            「ああ」 
             わたしの指示に従う二人。 
             時計の針はじき午前二時を指そうとしている。 
             わたしの魔力がピークになる時間帯。さっき時報を聞いて確認したから今度は間違いない。 
             既に陣は完璧。 
             あとは儀式を始めるするだけ。 
             大きく一つ深呼吸をして、用意していた言葉を発する。 
            「―――――Anfang(セット)」 
             言葉に従い、わたしの中にある魔術回路のスイッチが入る。 
             ザクン、ザクン、と体中に剣が突き刺さるイメージ。 
             そしてそれだけではまだ足りないと、左手に刻みこまれた魔術刻印が光を放つ。 
             そして生成された魔力がわたしの中を駆け巡り、早く放てと言う叫びをこらえて待ちつづける。 
             そして、時計が午前二時を告げた。 
             
            「――――――――告げる」 
             
             わたしの声に従い、魔力は陣を駆け巡る。 
             
            「――――――――告げる」 
             
             わたしの後に続いて唱和する桜を通して、聖杯から陣へと膨大な魔力が注ぎ込まれる。 聖杯の助けがなくとも、これだけの魔力があれば多少の法則はねじ伏せられる。いや、捻じ伏せてみせる―――! 
             
            「――――告げる。 
             汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 
             聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」 
             
             感覚が広がる。 
             五感以外の何かが士郎から伸びる縁を知覚する。 
             
            「誓いを此処に。 
             我は常世総ての善と成る者、 
             我は常世総ての悪を敷く者。 
             汝三大の言霊を纏う七天、 
             抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」 
             
             魔力の込められた言葉はそれだけで力となり、本来この世にあるべきではない存在を引き寄せる。 
             しかし、門は開かれない。 
             魔力は十分。 
             術式も完璧。 
             それでも門は開かれない。 
             儀式の方法は間違っていない。 
             聖杯はないけど聖杯から魔力を引き出せる桜はいる。 
             門はもう開かれようとしている。 
             わたしには判る。わたしたちが望む存在はすぐそこまで来ている。 
             それだというのに、何故出て来ない―――! 
             
            「姉さん」 
            「遠坂」 
             
             二人がこっちを気遣っている。 
             ああもう、儀式中に心を揺らすなと言うのに。 
             ここで辞めるわけにはいかない。 
             この陣を造るためにかなりの宝石を使った。二度目なんかできない。 
             もう儀式の手順は完了した。 
             魔力は十分すぎるほど注ぎ込んだ。 
             すると、まだ他に足りないものがあると言うことか。 
             もしくは、正式な聖杯がなければ出てくるわけにはいかないとでも言うのか。 
             なんだか門の向こうに、拗ねた顔で色々言ってるあの少女の顔が見えた気がして。 
             わたしはもう、技術も儀式も関係なく。 
             大声で、叫んでやった。 
             
            「とっとと出て来いって言うのよこのばか娘―――っ!!!」 
             
             
            
            
  
             
             
             爆音が轟いた。 
             なんだか遠坂の怒鳴り声を聞いたと思った次の瞬間、すっごい爆音が轟いた。 
             そして音だけに留まらず、何かの力が部屋中を駆け巡って大変なことになっている。 
             石造りで頑丈そうに見えた部屋はあちこちにひびが入り、部屋中を埃が舞っている。 
             埃がおさまり始め、視界が回復してきてから周囲を見回すと、 
             部屋の隅で埃を吸ったらしく、咳こんでいる遠坂と、 
             反対側の隅で同じようにしている桜と、 
             そして、俺の目の前には無言で立つ、銀の鎧と金の髪を持つ少女がいた。 
             
             あの時、始めて会ったあの時と寸分たがわぬ外見で、 
             あの時あの場所を再現するように口を開いた。 
             
            「―――問おう。貴方が、私のマスターか」 
             
             忘れようとさえしたその声を聞いた俺は色々考えて、結局なんて事ない返事をする。 
             
            「―――久しぶりだな。セイバー」 
            「ええ。お久しぶりです、シロウ」 
             
             セイバーもそう答え、しばらく二人で見つめ合う。 
             そしてセイバーは俺の方に―― 
            「待ちなさいっ!」 
             駆け寄ろうとしたところを、何とか復帰したらしい遠坂に邪魔された。 
            「ちょっと待ちなさい! セイバーのマスターは―――」 
            「少なくともリンじゃないわよ」 
             そして遠坂も邪魔された。 
             今回はなかなか急展開。 
             っていうか――― 
            「「イリヤ!?」」 
            「ええ。お久しぶりシロウ、リン、それにサクラも」 
             そう、そこにいたのは銀髪の少女。 
             イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。 
             アンリ・マユを生み出した大聖杯を止めるべく、その見を犠牲にして大聖杯を閉じた少女が――― 
            「イリヤ、何であんたがこんなところに―――」 
            「まあ、話は後にしましょ。とりあえず今日はシロウのうちにしゅっぱーつ!」 
            「いや、だから―――」 
             色々話したいことや聞きたい事があるんだが。 
            「ほら早く。わたしもセイバーも久しぶりなんだから、シロウの美味しいご飯を食べたいんだから!」 
            「イリヤスフィール。私は別に―――」 
            「何、セイバーはシロウのご飯いらないの?」 
            「そ、そんな事は言っていません!」 
             言いたい事は色々あるんだけど、そんな平和な光景を見ていたら、どうでもよくなってきた。 
            「よし。それじゃあまず腹ごしらえしてからにするか」 
            「うんっ!」 
            「はい」 
             理由はともあれ、桜を救うためにいなくなった二人が戻ってきてくれたのは本当に嬉しい事だ。 
             だからまずはそれを祝おう。 
             これからのことはそれから考えればいい――― 
             そう。二人が平和な日常に戻って来れたんだから――― 
             
             
             
             
             
             
             
            「……行っちゃいましたね」 
            「そうね」 
            「それで姉さん。セイバーは召喚できたみたいですけど……」 
            「それが……」 
             そう言う凛の腕に令呪は無い。 
             もちろん、腕以外の場所にあると言うオチでは無く、どこにも存在しない。 
            「つまり、あのセイバーは姉さんのサーヴァントじゃない、と?」 
            「まあ、そうなるわね。理論的に」 
            「……」 
            「……」 
            「どうするんですかっ!!」 
            「知らないわよっ! まさかこんな事になるなんて思わなかったし!」 
            「それに、セイバーさんどころかイリヤちゃんまで!」 
            「知らないわよっ!!」 
             
             
             一部の人たちは平和じゃないっぽいけど、まあそれはいつものことということでひとつ。 
            
            
  
             
             
             
             
            
            
             
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