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              「と、いうことで明後日はお花見に行く事にします」 
 いつものように晩飯時にわが家にやってきた藤ねえの第一声はそれだった。 
 しかも無意味にえっへんと胸をはって。 
「桜、豆板醤とってくれ」 
「はい、どうぞ。ライダー、おかわりは?」 
「いただきます。たまには中華もいいものですね」 
「桜も士郎も中華は苦手だもんね」 
 
 
 
 
 
「人 の 話 を 聞 け ー っ !」 
 タイガー、吼える。 
 もういい加減突飛な言動にも慣れてきたって言うかいちいち反応するのも面倒になってきたのでスルーすると言う作戦にでたのだが、どうも失敗だったっぽい。 
 藤ねえはいまだ天に向かって吼え、なんだかバックに稲光背負いそうな勢いである。 
「士郎も桜ちゃんも遠坂さんもライダーさんも! 一日の労働から帰ってきた家族を温かく出迎えようと言う気持ちはないのっ!? 言葉と言葉のキャッチボールをしてコミュニケーションを大事にしようって言う気持ちは無いのっ! っていうかなんでわたしが帰ってくる前に晩ご飯食べ始めてるのよう!」 
 吼えつづけるタイガー。 
 さすがにやりすぎたか、とか思ってみんなを見回すと揃いも揃って『あとは任せた』って視線を送ってくる。 
 まあ、たしかに藤ねえをなだめるのは俺の役割だし。 
「ごめん藤ねえ、軽い冗談だったんだ」 
「やっていい冗談と悪い冗談があるって学校で習ったでしょう! お姉ちゃん怒ってるんだから、ちょっと謝ったぐらいじゃ」 
「藤ねえが大好きな蟹玉があるのだが」 
「ご飯大盛で―。ほら、ケチケチしないでどーんともりなさい、どーんと」 
 瞬時に席につく藤ねえと、もう呆れることすらやめた一同。 
 今日も衛宮家の食卓は割と平和であった。 
             
 
 
「で、花見がどうしたって?」 
「うん。公園の桜並木がもうそろそろ見ごろなんだって。今年は人数も増えたし、ぱーっとどうかなーって」 
 ふむ、いいかもしれない。 
 去年はさすがに花見に行けるような状況じゃなかったが、今年はそんなことは無い。 
 遠坂もロンドンから帰ってきたし、ライダーも大分普通に生活できるようになってきた。 
 それになにより。 
「桜」 
 そう呼びかけると、桜はにっこりと微笑んだ。 
「はい、ぜひ行きたいです」 
 あの日交わした約束。 
『いつか冬が過ぎて。 
 新しい春になったら、二人で櫻を見に行こう――――』 
 二人で行くわけじゃないけれど。 
 俺も、そして桜も。他のみんなを除け者にして花見に行こうという気は湧かなかった。 
「リン、花見とはなんですか?」 
「ああ、ライダーは知らないのか。みんなで桜を見に行くのよ」 
「サクラを?」 
「あそこで士郎と『目と目で通じ合う〜』している色ボケ気味なあなたのマスターじゃなくて花の桜ね」 
「「なっ――――――」」 
 言われて二人揃って慌てて目をそらす。 
 意識してそうしたつもりは無かったが、確かに今のはそんな感じで、改めて考えてみると自分の頬の温度が上がるのを感じる。 
 桜も顔を真っ赤にしてうつむいてて、遠坂はとても楽しそうにニヤニヤと笑っている。 
 くそ、今に見てろよこのあくま。 
「それでね。桜の木の下でみんな楽しくどんちゃん騒ぎをするわけよ。おべんと持って行って楽しくおしゃべりしたりしつつ」 
 遠坂に代わってライダーに説明を続ける藤ねえ。 
 ちょっと風情が無い説明ではあるが、まあ間違ってはいない。 
「なるほど。ピクニックのようなものですか」 
「んー、そんな感じかな。まあともかく、そんなわけなので士郎は気合入れてお弁当用意するように」 
 びしっ、と。 
 俺のほうを指差してとてつもなく偉そうに言い放つ藤ねえ。 
 何でそんなに偉そうなのか問いただしたい気もしたが、まあ異存があるわけでもないし、藤ねえの言うことなので気にしないことにする。 
「オッケー。腕によりをかけて作ってやるよ」 
「じゃあわたしも頑張っちゃいます」 
「そう言うことならわたしも参加しないわけにはいかないわね」 
 宣言する俺に応えるようにそう言う二人。 
 そう言えば今まで互いの料理を何度も味わったけど、三人揃って協力するというのは初めてかもしれない。 
 なんとなく、料理人に血が騒いできた。 
「うむ。みんな仲良く頑張りなさい」 
「そのかわり、藤ねえは飲み物とかの準備頼むな」 
「うん。ネコちんのとこに頼んどくね。場所取りもしとく?」 
「あー、どうするかな」 
「うちの若いのに頼んどこうか? 屋台出すみたいだからそんな手間じゃないと思うし」 
「ああ、それじゃ……」 
「待ってください」 
 お願いしようかな、と言おうとしたところで止められた。 
「ライダー?」 
「待ってください。その場所取り、私に任せていただきたいのですが」 
 真剣な目のライダー。いやそんな真剣になることでもないと思うんだが。 
「士郎とサクラとリンが料理をして、タイガは飲み物を準備すると言う。それなのに私一人何もしないというわけにはいきません」 
「いや、あのな……」 
「確かに場所取りというものをした経験はありません。士郎たちが不安に思うのもしょうがないかもしれませんが、私にも花見の準備に参加させていただきたい」 
 本当に真剣な目のライダー。 
 その眼差しはあの聖杯戦争を思い出される。 
 いやだからたかが花見の場所取りにそんなに真剣になられても困るんだが。 
 どうしようかと桜の方を見てみるが、桜も困った顔でこっちを見返している。 
 こうなったときのライダーは頑固といってもいいぐらいなので、説得も中々簡単にはいかない。 
「いいじゃない、ライダーに頼めば」 
「遠坂?」 
「士郎と桜の心配もわかる気はするけど、ライダーの気持ちもわかるし。別にやりたいって言うのを無理に止める必要は無いじゃない」 
「その通りです。士郎とサクラは私に外出するように言うくせに、何かやろうとすると邪魔することが多い」 
 不機嫌そうにするライダー。 
 いや、俺も桜もライダーのすることを邪魔したいわけじゃなくて。 
 そう言って説得しようかとも思ったが、まあ考えてみればライダーの言うことにも一理ある気がする。 
 桜も『しょうがないですね』って顔をしていることだし、こっちが折れることにした。 
「じゃあ、お願いするよ」 
「ありがとう士郎。あなたの信頼には応えてみせましょう」 
 そう言って満面の笑みを浮かべて抱きついてくるライダー。 
 瞬時に二方向から凄まじい殺気とか怨嗟とか感じられたので引き剥がしつつ一言だけ注意をする。 
「宝具使うのは禁止な」 
 具体的に言うとブラッドフォートとか。 
「私を馬鹿にしないで下さい。一般人相手にそんな魔力の無駄遣いをするわけ無いじゃないですか」 
 ライダーがそう言ってくれるなら、もう邪魔する理由は無い。 
「じゃあ、明日は気合入れて買い出しとか行ってみようか」 
 俺たちはみんなで、花見の準備をすることにした。 
 
 
            
            
  
             
             
             そして花見当日の朝。 
             空は見事な快晴だった。 
             風もそよ風、まさに花見日和。 
             時計を見ると10時半。 
             藤ねえはコペンハーゲンに寄って飲み物を仕入れなきゃいけないので、ちょっと前に出ていった。 
             手伝おうかと言ったんだが、公園まではネコさんの車で来るってことで断られた。 
             まあ、ネコさんの運転なら安心だろう。 
             ちなみにライダーはと言うと、早朝六時ごろに荷物をもって場所取りに行ってしまった。 
             いくらシーズンとはいえそんなに気合入れることは無いと思うんだが、「私の全力をもって花見の場所を確保します。士郎たちは全力で料理を用意してください」と言いきり、誰か付き添おうかと言ったら「私は一人ではありません」とか言いつつタイガー(猫の方)を連れて意気揚揚と出かけてしまった。 
             まあ、本人がやる気になってるのに邪魔することもないだろうと思ったので、その分弁当作りに気合を入れてみた。 
             俺につられたのか桜も遠坂も気合入れて弁当を作っていたので、客観的に見てもかなり豪華なものになったと思う。 
            「よし、それじゃ行こうか」 
            「はい」 
            「そうね」 
             そして三人で戸締りをして出発。 
            「ライダー、場所取りちゃんとできたでしょうか……」 
            「まあ大丈夫だろ。あんなに早く出ていったし、藤村組の人も屋台やってるみたいだし」 
            「……そう言えば、藤村先生の家ってそういうとこなのよね」 
            「ああ。藤ねえと一緒に祭りに行ってたころは、よくお世話になったよ」 
             藤ねえと一緒に屋台めぐりしたことが思い出される。 
             二人でお祭りに行くときは雷画爺さんが結構な額の小遣いをくれたので、まさに絨毯爆撃って感じで屋台を周ったっけ。 
            「ライダー、藤村先生の家でも人気ありますからね。よく『ライダーの姐さん』とか呼ばれてますし」 
            「まあいいんじゃない? 職業に貴賎なしなんて言う気はないけど、私たちだって言ってみれば日陰ものの魔術師なわけだし」 
             苦笑する桜と、それに平然と応える遠坂。 
             そんな風にとりとめも無い話をしながら歩いていると、やがて公園に到着した。 
            「こっちですよ先輩」 
             周囲には所狭しとシートが引かれ、どこに誰がいるのかなんてわからないのだが、桜は迷わずすたすたと歩いていく。 
             そう、桜とライダーはマスターとサーヴァントと言う関係なので互いの場所はすぐにわかる。こういう時は非常に便利である。 
            「あ、あそこです」 
            「いい場所じゃない」 
             遠坂の言う通り、かなりいい場所である。 
             地面は平らだし桜も十分に咲いている。 
             そんなところにライダーはシートを引き、その中央で油断なく周囲を見回している。 
             なんつーか、戦闘態勢といっても過言では無い。 
            「あんなに気合入れなくてもいいのになあ」 
             あくまで真剣っぽいライダーには申し訳ないが、こんなとこであんなに気を張り詰めてるのをみるとちょっと微笑ましく思えてしまう。 
             横ではタイガーも油断なくキョロキョロ見回してるし。 
            「まあ、昨日の夜藤村先生が『場所取りは戦いだ』とか教えてたからね。自分たちの場所は死守しなさい、とか」 
             遠坂も少し笑いながらそう言う。 
             教え込む藤ねえも藤ねえだが、信じ込むライダーもライダーだと思う。 
             そんなことを考えつつ、なんとなくライダーのほうを見ていると酔っ払ったおじさんがひとりふらふらと向かっている。 
             ちなみに頭にネクタイ、手に一升瓶、そして千鳥足というフル装備。 
            「お姉ちゃん、おじさんと一緒に飲まないー?」 
             うわ、なんて典型的な酔っ払い。 
             まあライダー美人だし、一人で居たらあの手のが行くのは十分考えられるわけだが。 
             そしておっさんはよろよろとライダーの方に近づいてシートの上に入った− 
             瞬間、縛り上げられた。 
             一瞬何が起きたのかわからなかったが、酔っ払いは鎖で見事にぐるぐる巻きに縛り上げられていた。 
            「ここは私たちの場所です。即刻立ち去らねば実力行使に訴えます」 
             逆手に持ったダガーは正確に頚動脈をさし、少し皮膚を破ったのか酔っ払いの首には血がにじんでいる。 
             ああ、あの鎖ってライダーのダガーについてる鎖か。 
             そしてライダーが少し鎖を緩めるのと同時に、酔っ払いは悲鳴すら上げずに脱兎のごとく逃げ去った。 
            「ふう。場所取りというのは思ったより大変なものですね」 
            「やめなさいっ!」 
             ごがす。 
             一仕事終えたって感じで汗をぬぐうライダーに桜の突っ込みが炸裂していた。 
             ……さっきまで俺と遠坂の隣に居たと思ったんだが。 
            「ああ、待ってましたサクラ。ごらんの通り場所は確保してあります」 
            「『確保してあります』じゃなくて! 何で普通の人に武器突きつけてるんですか!」 
            「士郎に『宝具使うの禁止』と言われましたので」 
            「だからって武器突きつけるんじゃありませんっ!」 
            「安心してください。全員警告だけで済ませてあります」 
            「あたりまえですっ! ……って、『全員?』」 
            「ええ、さっきので今朝から数えて五人目になります」 
             あ、桜がうなだれた。 
             言われて見ると、結構いい場所のはずなのにライダーの入るシートの周りはがらがらだったりする。 
             見回してみると、周囲の人たちはいっせいに目をそらす。 
            「何か問題でも?」 
            「あのねえ……」 
            「まあその辺にして。せっかく来たんだし、花見を楽しみましょうよ」 
             言い争いを始めそうな二人をなだめ、遠坂俺の手から弁当を取るとてきぱきと並べ始める。 
            「遠坂……何時にも増してポジティブだな」 
            「そろそろ慣れたわ」 
             達観したように言う遠坂の言葉を聞いて、俺も準備を始める事にした。 
             
             
             
             かくして、約束の花見は始まった。 
             穏やかな春の楽しい一日……になるとは思えないけど始まったものは始まったのだ。 
             
             
             
             
             
             (後編に続く)
  
             
             
             
             
            
             
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