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              以前話した通り、最近衛宮家には家族が一人増えた。 
 一人って言うか一匹か。 
             タイガー、年齢不詳、メス。 
 ライダーが拾ってきた野良猫である。 
             元が野良なだけにかなりのわんぱくっぷりであちこちの柱には爪のとぎあとがあったりするが、それも最近桜とライダーのしつけの甲斐があってなくなってきた。 
             まあそんなわけで拾われてきたときには一悶着あったタイガーもすっかり衛宮家の一員である。 
 それで、みんなで三時のおやつを食べながらそんな話をしていたら、ライダーが 
「苗字をつけましょう」 
などと言ってきた。 
「……苗字?」 
            「はい。先ほど士郎はこの子が『すっかり家族の一員になった』と言った。家族の一員ならファミリーネームは持っていてしかるべきものです」 
 いつになく力説している。 
 最近気づいたんだが、ライダーは動物好きだ。それがライダーというクラスの特性によるものか個人の嗜好かはしらないけど、ライダーは動物のことになると一生懸命になる。 
 これはタイガーに限らず、春も近くなって庭に訪れるようになった小鳥とか藤村組の池の錦鯉とか番犬代わりのドーベルマンとか、とにかく動物の世話はとても楽しそうにやっている。 
「タイガ、どら焼きは食べますか?」 
「あー、うん。食べる食べるー」 
 ……あと、藤ねえにもやけに親切だったりする。 
 さすが英霊、姿形がどうより魂でその生物を判断してるっぽい。 
 そうして藤ねえにどら焼きを手渡した後に、もう一度聞いてくる。 
「それで、どうでしょうか」 
 返事をする前に俺は一応周りを見回す。 
 桜は、「まあ、いいんじゃないですか?」って感じで苦笑いしている。 
 桜はライダーのことに関わるとすっかりお母さんみたいになる。 
 藤ねえは、「ああ幸せ」って感じで満面の笑みを浮かべながらどら焼きを食べている。 
 藤ねえはライダーの前だとすっかり飼い猫みたいになる。 
 それはどうよと思うのだが我が担任教師。 
 反対意見はないらしい。まあそれなら俺が反対する理由もない。 
「よしわかった。それでライダーとタイガーが嬉しいんなら好きにしてくれ」 
 そう言ってやると、ライダーはとても嬉しそうに笑って 
            「ありがとうございます、士郎」と言ってくれた。 
 う、いかん。ライダーみたいな絶世の美女がそんな子供みたいな笑顔するのは反則だと思う。とりあえず落ち着け、俺の心臓。赤くなるな、俺の顔。 
「じゃあ、その子は間桐タイガーね」 
 よろしくタイガー、とか言いつつ桜が楽しそうにタイガーの前足を取って握手の真似事などをしていると、ライダーはきっぱりと言い切った。 
「いえ、この子は衛宮タイガーです」 
「……」 
「……」 
「はむはむはむ」 
「衛宮タイガー。中々に凛々しい名前です」 
「……」 
「……」 
「はむはむはむ」 
 なんか一人状況を理解してないのがいるのでそれは放置しよう。 
「えっとライダー、タイガーはお前の飼い猫じゃないのか?」 
「はい。タイガーを拾ってきた時に約束した通りタイガーの世話はわたしが全力で行います。そういったことからタイガーは私の飼い猫と言うべきでしょう」 
「それで、ライダー。ライダーは私のサーヴァントなんだから、『間桐タイガー』にはならないのかしら?」 
「それは……」 
 桜に問われたライダーはすっと視線を落としてしゃべり始める。 
「サクラは確かに私のマスターです。それには満足し感謝もしていますが……マキリの家には正直辛いことがあって」 
 それを聞くと桜もうつむき、言葉を失う。 
 そう。ライダーはあの聖杯戦争の際に桜の手で召喚されたが、当初は桜の兄である間桐慎二の手によって使役された。初めて出会って戦った時のことを思い出す。 
 仮とはいえ自分のサーヴァントが傷ついてもその身を心配したりせず、まるで当然のように戦わせた慎二。あの調子だったら普段から何か辛い目に合わされていたのかもしれない。 
 いくらライダーがサーヴァントだとは言っても女性だ。心の傷は中々癒えないのかもしれない。 
 そんな時、俺はどうするべきか。 
 衛宮切嗣の教えを思い出す必要もなく、俺がするべきことはすぐにわかった。 
「まあいいじゃないか桜。『衛宮タイガー』にしてあげれば」 
「先輩……」 
「いいよ。衛宮って苗字は俺一人のものってわけでもないし。それにオヤジがいても同じことを言ったと思う」 
            「では士郎」 
「うん。家族なのに苗字が無いってのもおかしい話だし。俺だってオヤジに苗字貰ったようなもんだしな」 
 言っててちょっと照れくさくなって顔をそらしてみたりする。 
 そんな俺をみて桜は楽しそうに微笑み、藤ねえはニヤニヤと笑っている。 
くそ、衛宮家では何でこんなに男性陣の立場が弱いのかって言うか厳密に言えば桜と藤ねえはお客さんなんだぞああコンチクショウ。 
            「では士郎」 
「ん?」 
「表札を作ってもいいでしょうか?」 
「表札?」 
「ええ。家族になった証を作りたいのです」 
「ああ、かまわないけど」 
「それじゃあ、早速作りに行ってきます!」 
 そう言ってライダーはダッシュで走り去った。 
「なー」 
 当人(?)であるタイガーすら置いてきぼりにして。 
「……すごい勢いだな」 
「きっと嬉しかったんですよ。ライダー、タイガーのこと本当の子供みたいに可愛がってましたから」 
そんなほのぼのとしたある日。 
 春の陽射しの中、俺と桜はライダーの駆け出して行った方角をいつまでも見つめていた。 
 
 
 
 
 
             えぴろーぐ。 
 
 
 
「表札が完成しました」 
 三日後そう言ってライダーの抱えてきたものはかなり大きい風呂敷包みだった。 
 その大きさは、そう 
「うちの組の表札作った職人さん紹介してあげました」 
「やっぱりか」 
 そう、藤ねえの家って言うか藤村組の表札と同じ大きさだった。 
 まあうちも結構でかい日本家屋だし、こっちの方が似合うのかもしれない。 
 藤ねえのうちの近所だから何も知らん人が誤解したらやだなー、とかは思ったりするが。 
 そんなことを考えてる間もライダーは着々と作業を進め、風呂敷はかぶせたまま表札を設置する。 
「それでは、公開します!」 
             そう言ってライダーが風呂敷を引っぺがした表札には、力強い毛筆で名前が書かれていた。 
             
            
             
             
            「ちょっと待ちなさいっ!」 
            「なんですかサクラ騒々しい」 
            「なによその表札はっ!」 
            「どこかおかしいところでも?」 
            「主にその真ん中の名前っ! なによそれは一体!」 
            「衛宮ライダー。思いのほかしっくりと来る名前です」 
            「来ないしっ!」 
            「そう言うわけで士郎、これからもよろしくお願いします」 
            「あ、ああ。よろしく」 
             ちょっとあっけにとられてしまったが、何とか立ち直って返事をする。 
            「先輩も何を受け入れているんですかっ!」 
            「いやほら。ライダーもよく考えたら苗字ないんだし」 
            「そう言う問題じゃありませんっ! 藤村先生、藤村先生も何とか言って下さいっ!」 
            「タイガ、約束していた浅草は木村屋本店の人形焼です」 
            「わーい、ありがとー」 
            「あっさり買収されてるしっ!」 
            「士郎、申し訳ありませんが少し疲れたのでお茶を頂きたいのですが」 
            「ああ、それじゃあ藤ねえの人形焼でお茶にしようか」 
            「よし。ふるまってあげよう」 
            「買って来たのライダーだろ……」 
             
             
             
             ぞろぞろと表札の横にある門をくぐっていく一同。 
             一人取り残された桜も気を取り直して門をくぐり、玄関から家に入る。 
            「いらっしゃいませ。間桐さん」 
            「むきーっ!!!!」 
             
            
             
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